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2007年10月15日 (月)

「中国視察の第1日目」

◇第一報はアザレア号の中で。
 成田空港に午前8時集合を目指して、直行アザレア号は、前橋駅を午前4時にスタート。伊勢崎、藤岡と団員を拾って一路成田へ向う。この文章はアザレア号の中で書いている。
 今日の日程のメインは、大連外国語学院の訪問である。同大学には日本語を学ぶ学生が多い。群馬県の大学との交流を深めて、国際化時代の群馬の教育を発展させる一つの糸口を見つけることも願っている。実は、私には、この大学を訪ねるもう一つの重要な目的がある。それは、「日中友好中村文庫」との再開である。
 私は、平成10年にこの大学を訪ねて講演をした。題は、「近代日本の歩み」で、明治維新からの日本の歩みと今日の日本の状況を話した。講堂を埋めた若者は、私の話に熱心に耳を傾けた。日本語を学ぶ学生たちであるが、私の話を理解してくれるだろうかと不安をもって会場に臨んだが、彼らの表情をみて、私の心配は杞憂でることがすぐに分かったのだ。話が終わると手を挙げて質問する生徒が何人かいたが、皆、立派な日本語で、質問の内容も、私の話をよく理解した上での的を得たものであった。これでは、日本は負けると私は内心思ったものだ。質問に答えながら私の頭をよぎったことは、東大の学生たちが、外国語の講演を聞いた時、このように外国語で質問できるであろうかという思いであった。
 日本の書物を送ることにつながる出来事は、講座の後に生じた。担当教授は、私を図書室に案内して日本の書籍が並ぶ一角を示した。そこに並ぶ日本の書物は、質も量もがっかりさせるものであった。何とか協力させて下さいと約束して帰国した私は、県立図書館や私立図書館の協力を得て、処分対象の本を贈ることにした。
 第一回の送本については、平成10年12月の末、芳賀公民館に中国大使館の教育担当一等書記官、劉金釗氏を招き、2500冊の贈呈式を行った。この時は、中国の税関の手続きなど勝手が分からず苦労したが、とにかく、「日中友好中村文庫」がスタートしたのである。以来、大連外国語学院を中心に、僚寧師範大学や大連大学に日本の書物を送る運動を続けてきた。この間中国へは何回か行っているが、「文庫」の様子は見ていない。今度の再会は、異国に住む自分の子どもに会うような気持ちである。
 今回の訪中は、大連市と北京市である。中国進出の日本企業の状況、環境問題、食の安全、観光問題等につき視察する。観光については、群馬県の温泉や自然を紹介するつもりであるが、特に群馬大学で現在進めている重粒子線による癌治療についても紹介する予定である。中国の経済の躍進は目覚しい。裕福な人は、日本の温泉を楽しみながら重粒子線による癌治療を受けることを希望するのではなかろうか。群馬の果実や野菜が中国のスーパーに並ぶきっかけもつくりたいと思う。
☆土・日・祝日は、「望郷の叫び」を連載しています。

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