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2007年10月27日 (土)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』(37)第2章 塩原眞資さんのシベリア

四 黒パンを分ける時の凄まじさ

<収容所生活の中で一番幸せなのは、なんと言っても食べ物配分の時でした>

 たとえ川の水のようなスープでも食事の時間が狂おしいほど待ち遠しかったと塩原さんは振り返る。

食べること、そして飢えということは、人間の生命維持の問題に直結するだけに、飢えに耐えることの苦痛は想像を絶するものであろう。

戦争中、南方の激戦地ガダルカナルやニューギニアで飢えと戦った人の様子は飢えに直面する人間の極限の姿であろう。

ニューギニアで戦ったある兵士は次のように証言する。

「本当の飢餓の悲しみに涙した人間が、この地球上にどのくらい存在しているだろうか。自分以外はすべて食べられるものに見えてくる。殺すか殺されるか生死の対決を迫るものが本物の飢餓で、色でいえば真っ黒である」

 シベリアの飢えも酷かった。だからシベリアの収容所はどこでも、食べ物をめぐって絶えずトラブルがあり、また、赤裸々な生存競争があった。

 待ちに待って配られる食事は、黒パンと粟の入ったスープだった。わずかな黒パンを平等に分けることが大変な課題であった。配分される食べ物はまさに命の糧。隣のベッドの男が終わりに近づいた時、その手に握られた黒パンが手のひらから落ちるのを、まわりの者が今か今かと待ち受けるほどの厳しい現実なのである。

 黒パンを切って分ける時は、皆の必死の視線が、黒パンを分ける手に集中する。1ミリでも大きいか小さいかを、人々の目は決して見逃さない。ちょっとでも大きい切れ目は誰のとこへ行くか、それは、妥協を許さない死活問題なのだ。

どの収容所でも悩んだ揚げ句、トラブルの末、それぞれの工夫がなされていた。ある収容所では天秤が作られた。一本の棒の一方の端に石のおもりを下げ、他方の端に皿を下げて、これに切ったパンをのせるのである。これで重さを基準にして公平に切り分けることができた。

また別のある収容所では、切ったパンに番号をつけ、ベッドにも番号をつけ、目隠しをした人がパンを選ぶ仕組みを考えた。例えば、2番のパンを取り上げたら、そのパンは2番のベッドの人のものになる、という具合です。

塩原さんたちはクジで決める方法をとった。班の全員が目を皿のようにして見守る中を選ばれた担当者は慎重に、そしてまるで手術の執刀医が身体の危険な部分にメスを入れるときのような真剣な表情でナイフを動かしてゆく。ちょっとでもナイフの切った先が曲がろうものなら「ダメだ、なおせ」と怒声が飛ぶ。たとえ、1ミリでも小さく切られた方をクジで引き当てる可能性が誰にもあるからだ。

やっとのことで切り終えると、次にそれを受け取る順番をクジで決めるのである。小さく見えるものを引き当てた者は落胆する。また、同じものでも他人の手にあるものはより大きく見えた。

土・日・祝日は、「望郷の叫び」を連載します。

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