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2007年8月 7日 (火)

「平和宣言と平和への誓い」

◇昨日(6日)朝、広島市長の「平和宣言」と2人の小六の男女生徒の「平和への誓い」を聞いた。これらは格調が高く私の胸を打つものであった。これらと比べて、その直後の安倍首相の挨拶は月並みで心を揺するものはほとんどなかった。私は首相の挨拶に現れているものが日本人一般の原爆に対する受け止め方だと思った。このことは、日本人が原爆投下の悲惨な事実を広島県民と共有していないことを物語る。長崎や沖縄の悲劇についても同様である。戦後62年を経た今、私たちはこのことを反省すべきではなかろうか。

 広島市長の宣言は広い会場に響きテレビの画面を通して私の胸に一語一語が突き刺さるように伝わった。「運命の夏、8時15分。朝なぎを破るB-29の爆音。青空に開く落下傘。そして閃光、轟音、静寂、阿鼻叫喚(あびきょうかん)。落下傘を見た少女たちの眼は焼かれ顔はただれ、助けを求める人々の皮ふは爪から垂れ下がり、髪は天をつき衣服は原形を止めぬほどでした。」このように秋葉市長は被爆の悲惨さを訴える。続けて、世界の核の現状を憂い、ヒロシマは、核廃絶に向けた運動を世界にくり広げていることを説明し、政府の責任を次のように表現した。「唯一の被爆国である日本国政府には、まず謙虚に被爆の実相と被爆者の哲学を学びそれを世界に広める責任があります。同時に世界に誇るべき平和憲法をあるがままに遵守(じゅんしゅ)し、米国の時代遅れで誤った政策には、はっきりノーと言うべきです」と。被爆者の哲学とは、苦しみや恨みを乗り越えて平和を求める信念のことであろう。会場には外国人の顔も目立った。

◇市長に続いて、二人の小学生は、澄んだ声で代わる代わる「平和への誓い」を読み上げた。「私たちは62年前の8月6日、ヒロシマで起きたことを忘れません」と始め、悲惨な事実を挙げながら、「これが原爆です。これが本当にあったことなのです。しかし、原子爆弾によっても失われなかったものがあります。それは生きる希望です」。「いやなことをされたら相手に仕返しをしたい気持ちは誰にもあります。でも、自分の受けた苦しみや悲しみを他人にまたぶつけても何も生まれません。同じことがいつまでも続くだけです。平和な世界をつくるためには、憎しみや悲しみの連鎖を自分のところで断ち切る強さと優しさが必要です。そして文化や歴史の違いを超えてお互いを認め合い、相手の気持ちや考えを知ることが大切です」と訴えた。これらの一言一言に重要な意味が含まれている。学校は、貴重な教材としてこれらをなぜ生かさないのか。

◇思い出すのは、平成14年の海外調査の折、スペインのバルセロナで「サダコ学園」を訪ねたことである。広島で被爆し最後まで生きようとしてなくなった少女佐々木禎子から校名をとった。私は遠く離れた国でヒロシマを教える平和教育がなされていることに驚き、感銘し、そして日本に於いてろくな平和教育がなされていないことを恥ずかしく思ったのである。

☆土・日・祝日は、「望郷の叫び」を掲載しています。

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