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2007年8月27日 (月)

「ふるさと塾、桃井小、料理作り」

◇26日土曜日のふるさと塾は予定通り鳩山一郎をやった。由起夫・邦夫に至る英才の家系を紹介しながら一郎の波乱の人生を辿った。若き日の一途な恋、政治家になって戦争中は大政翼賛会に抵抗し、戦後は政権を目前にして公職追放となった。やがて追放は解除されるが、今度は、その解除の直前に脳いっ血で倒れる。悲劇の政治家といわれた。それでも、病を克服し総理となり日ソ国交回復をなし遂げる。それは鳩山の執念であったと思う。鳩山が日ソ国交回復によって果そうとしたことは、①世界の平和に日本が貢献する、②国連への加盟、③強制抑留者の帰国であった。

 日本は、サンフランシスコ条約によって独立を果しながら、国連に加盟出来なかった。それはソ連が拒否権を行使するからだ。長い飛行機の旅に耐えられるか多くの人々が心配する中、鳩山一郎は自らモスクワに乗り込み遂に日ソ交渉を妥結させる。そして、日本は国連に加盟し、シベリアの長期抑留者は間もなくすべて帰国した。多くのエピソードと映像を使った私の話を面白いと言ってくれる人がいた。9月のテーマはワンマン宰相吉田茂ときまった。

◇ある町の三世代スポーツ大会が桃井小で行われた。私は次のような挨拶をした。「私はこの近くで生まれました。大変古い伝統のあるこの小学校で行われるスポーツ大会が実りあるものになることをお祈り致します」

 桃井小のあたりは、昔は曲輪町と言った。私は北曲輪町で生まれたのである。桃井小は前橋で最も古い小学校である。ポツダム宣言の受諾につき天皇の聖断を仰ぐなど終戦処理に当った当時の首相鈴木貫太郎がここを卒業した。彼の言葉「正直に腹を立てずにたゆまずはげめ」が校内の碑に刻まれている。スポーツ大会の会場となった体育館に立って私は、このようなことを思い出していた。

◇「おーいお茶今では、そっと入ったよ」。今日の世相を現わしている川柳である。我が家の夫婦関係もこれに似たところがある。頭痛もちの妻をいたわるという気持ちも多少あって、昨日の昼食に全く自己流のおかずを作った。ブタ肉をゴマ油で炒め肉汁と共に椀にとる。次に、ゴーヤと大根の葉を刻んでこれもゴマ油で炒めた。この時赤いたかの爪をちぎって入れた。私は辛いものが好きなのだ。ここで、先に炒めたブタ肉をまぜて弱い火で再び炒めタマゴを割ってまぜ塩味をつけた。妻が美味しいといって喜んだ。久しぶりに見せるすっきりした笑顔である。こんな私の行為が妻の頭痛を改善するのに役立つならこれからもやろうと思った。「おーい飯(めし)、できたぞー」といった感じである。

◇また嫌な事件があった。三人の男がまちの女性を車に連れ込み金をとった上、ハンマーで殴って殺し山中に捨てた。一人が自首して全員が逮捕された。死刑が怖くて自首したという。死刑の是非に関して、死刑の犯罪抑止力が問われる。抑止力に疑問を抱く意見も多い。今回は結果的に抑止に役立たなかったが、死刑を怖れる気持ちが一般に存在することがうかがわれる。死刑を廃止したら凶悪事件がどっと増えるのであろうか。

☆土・日・祝日は、「望郷の叫び」を連載しています。

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