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2007年8月 2日 (木)

「中曽根元総理の励まし、農水相の辞任」

◇惨敗の後も安倍首相は嵐の中にいる。中曽根元総理は次のように励ました。「一番大変な時に政治家の本領が発揮される。おじいさんの岸さんはあの大変な安保を突破した。おじいさんが出来たのだからあなたも出来る」と。おそらく岸信介の姿が安倍首相を支える柱の一つになっているに違いない。先日の「ふるさと塾」で岸信介を語った時は触れなかったが、安保条約の国会承認と合わせて米大統領アイゼンハウアーが訪れる事になっていた。先行したハガティー氏がデモ隊に囲まれてヘリコプターで脱出する場面は少年だった私の瞼(まぶた)に焼きついている。岸氏は無念の涙をのんでアイゼンハウアーの招待を断念した。この騒ぎの中で、岸氏が暴漢に刺される場面もあった。あの時と比べれば、小さな春の嵐のような今回の騒ぎだ。しかし、日本の将来がかかっている点は同じである。安倍首相の行動を見守りたい。

◇赤城農水相の辞任。ふるさと塾で話したことだが、あの騒ぎの中、岸氏の自衛隊出動要請を断固として拒絶したのが赤城宗徳だった。現農水相の祖父である。あの時自衛隊がデモの鎮圧に出動していたら今日の自衛隊はなかったと振り返る人は多い。民主主義をかかげる国民に敵対する自衛隊というイメージが定着したに違いないからだ。

 この祖父と比べ赤城農水相の姿はみじめだった。人間は心の持ち方でこんなにも見た目が変わるのかと思った。初めの就任時は、新鮮な知的なイメージがあったが、「バンソウコウ」のあたりからそこらのあんちゃんのように弱々しく自信のない若者に変わってしまった。そして、自民党のイメージまで下げてしまった。いまの時点の辞任は正にあとの祭りである。

◇関越道駒寄IC設置期成同盟会の総会が1日、テルサで行われた。知事代理の祝辞に続いて県会議員を代表して私が挨拶した。このスマートIC設置をめぐっては、推進の立場の県議会とこれに消極的な小寺県政との対立があった。試験期間中も予想以上の利用があってICの効果が期待されたが、小寺執行部は議会に対決するかのような態度を続けた。しかし遂に24時間利用による本格運用が開始された。期成同明会の課題は、大型車両も通行可能にするようにICを改修し同時にアクセス道路を整備するために力を合わせることである。総会ではこれらの要望書を知事と県議会に提出することが決まった。手続きを簡略するためであろうか、要望書は、その場で代理人に手渡すことになった。このことについては、知事に直接渡すべきではないかという声もきかれた。形にとらわれるわけではないが、大沢新知事と高木市長の新しい関係を築く一歩とするためにも、形式を大切にすべきであったと思う。

◇のどがかすれタンが出る。耳鼻咽喉科に行き内視鏡で調べた。癌のことは、杞憂であった。続いて脳神経外科で脳をMRIで診てもらった。こちらは毎年8月に行っている。正常で脳梗塞の兆候はなく外皮と脳の間にすき間もないといわれた。年を重ねると脳が縮み隙間が出来るという。今月の課題は大腸と胃の内視鏡である。健康は全ての基礎であるからおろそかには出来ない。

☆土・日・祝日は、「望郷の叫び」を掲載しています。

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