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2007年8月17日 (金)

「友の葬儀で弔辞を読む」(16日)

F君が癌で亡くなった。前高の夜間部で共に学んだ仲である。今の生涯学習センターの所に校舎があって午後5時45分に授業が始まる。仕事の疲れで居眠りをする者が多かった。学問と仕事の両立を可能にしたものは、ハングリー精神と少年のエネルギーであった。炎暑の中で頑張る甲子園の球児を見て俺にも尽きぬほどエネルギーがあったなぁとあの頃を振り返る。昭和30年代、社会がまだ貧しい時代であった。F君は真面目に努力して卒業した。お互い別々の人生を歩み、長い年月が過ぎた。最近数年間会わなかった。健在と思っていたら、突然、死の知らせだ。65歳の死は余りに早い。通夜では、F君に似た美しいお嬢さんの父を偲ぶ挨拶に胸を打たれた。

私は弔辞の中で次のように述べた。

「君の家族を見て、君が素晴らしい人生を生きたことを知りました。君のお嬢さんは、昨夜の通夜で君のことを、誰よりも優しく、誰よりも家族思いで、誰よりも我慢強い父だった、そういう父を誇りに思うと語っていました。自分の娘にこのように慕われる君は幸せです。私は、君のような友をもったことを誇りに思います」と。

◇午後2時から山を歩いた。国立赤城青年の家から、なだらかな坂道は鍋割の

麓まで続く。この夏一番の暑さだというが、山にはさわやかな風があって暑さは、それほど苦にならない。進むにつれてセミの声が激しくなってくる。樹間を震わせる狂おしいような声は、ひとかたまりになって頭上に落ちてくるようだ。それは、何かを訴えているようでもある。

 心に迷いや悩みがあるとき、一人で山を歩くのは良いことだ。踏み出す足が重い。息が苦しい。広い海を泳いでいるようだ。やがて、セミの声も意識から消えて私は一心に歩いた。立ち止まって汗を拭くと、ここまで歩けたという感慨が胸に湧く。見上げると樹間に青い空があった。そして、私の心にあった黒い影は消えていた。山を歩くことは自然との対話である。自然に対し真剣に向き合えば人間は謙虚になれる。謙虚とは心が自然の一部のようにきれいになることだ。そして、そこに新しい力がじわじわと湧く。心は力を生み出す泉である。そこに汚いものがあるときれいな水が湧かない。昔の人が無心の境地と言ったが、それは、このことなのだなと思った。

 約1時間で鍋割の麓に到着した。心地よい達成感があった。歩くことは人間の原点である。かつて我々の先祖は二足歩行によって猿から分かれて人類としての進化を始めた。21世紀の車社会の中で人間は歩かなくなった。車社会は限界である。この限界は私たちに反省を追っている。山を歩けということだ。人間の心と身体が車で犯されている。山を歩けば心がクリーンになる。山を歩けば健康を取り戻せる。山から受けた恩恵は返さねばならない。それは、山を尊敬し守ることだ。それが地球を守ることになる。40.9度の酷暑は地球の警告である。以上は、自然との対話で感じたことである。

☆土・日・祝日は、「望郷の叫び」を掲載しています。

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