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2007年8月23日 (木)

2007年8月23日(木)

「上武国道の陳情に行く」(22日)

◇我が町を上武国道が横切る。町が上下に分断されるのだ。大きな道路が出来ると実に様々な問題が発生する。先ず、宝くじに当ったように喜ぶ人がいる。土地が売れるからだ。上武国道の計画がなかなか進まない時、私は、「はやく進めてくれ、金を使ってから死にたいから」とよく言われたものだ。

 このような人は別として、道路のために、一つの町が、今までのように自由に交流できなくなることは健全なまちづくりにとってマイナスになる。また、道路を横切るための交通の危険性や自分の田畑に行きづらくなるといった問題も生じる。

 今日の陳情は、この最後の問題に関するもの。自分の田畑へ行くためのトンネルをつくって欲しいという要望である。私が陳情書をつくり、6名の地権者を同行して高崎河川国道事務所へ行き、人々の生の声を伝える手助けをした。

 道路はよく人体の動脈にたとえられる。広域を眺めれば血流がよくなって産業や文化がより発展することになるが、部分的には長く続いた文化や伝統が踏みにじられることにも成りかねない。とにかく、道路によってまちの姿が変わることは避けられないのだ。

◇帰路、ラジオをつけると、高校野球の決勝戦は8回裏まできて佐賀北の攻撃であった。ただならぬ状況であることは直ちに飛び込んできた潮(うしお)が寄せるような喚声で分かった。エキサイトした解説者の声は画面を見られない人々に現場を必死に伝えようとしているかのようであった。4点リードした広陵のピッチャーに動揺が起きているのか満塁で迎えた打者にフォアボールを許し佐賀北は押し出しの1点を得た。ドラマならここで奇跡が起きる筈である。なお満塁で打者はふくしま副島。アナウンサーが言葉にならない絶叫をあげた。何かが起き何かを伝えようとしている。スタンドの喚声は一際高い。満塁ホームランであった。ドラマ以上のドラマが起きたのだ。私はハンドルを握っていることも忘れて現場を頭に描き興奮した。佐賀北は9回の表を守り抜いて優勝を手にした。夜のテレビを見た。故郷のまちは、その時、人通りも絶えて、その瞬間人々は「奇跡です」と叫んでいた。4081校の頂点に普通の県立高校が立った。現代の子どもたちの秘めた可能性が実現したのだ。奇跡を呼んだものは彼らの忍耐力でありまた根性である。これ程の教育の場面があるだろうか。熱い甲子園は全国の人々に感動と希望を与えた。

◇甲子園がピークの頃、「電力」は危機にあった。東電は主な企業に節電を求めた。官庁などは、動かすエレベーターを少なくし、冷房も弱くして節電につとめていた。刈羽の原子力発電が動かぬことの影響が出た。現代社会が電力で支えられていることを改めて知らされた。そして、原子力発電がかかえる問題を解決すると共に、代替エネルギーを開発することの大切さをつきつけた真夏の出来事であった。

☆土・日・祝日は、「望郷の叫び」を掲載しています。

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