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2007年8月 8日 (水)

「終戦の日が近づく、二つの原爆投下、現代史を見詰めよう」

◇62年前の出来事を見詰める時が来た。8月の6日、広島に、9日、長崎に、人類史上初の原爆が投下された。惨状は想像を超えるもので正に地獄がこの世で実現された。広島に原爆が投下された後、宮中では、日本の運命を決定する会議が開かれていた。ポツダム宣言を無条件で受け入れるか天皇制の継続を条件に受け入れるか、本土決戦を貫くかをめぐって。そして、政府のこの迷いに鉄槌(てっつい)を下すように、長崎への「投下」が行われたのである。

長崎への投下の前日の8日、62年前の今日、ソ連が日ソ中立条約を無視して満州に侵入し、ここでも多くの国民が地獄に引き込まれた。ポ宣言受諾の決断を政府はなし得ず、天皇の「聖断」を仰ぎ遂に宣言を受諾し、14日にこれを連合国に通告、15日、天皇のラジオ放送が行われた。いわゆる玉音放送である。私は、天皇に戦争責任はあると思うが、終戦の決定には天皇が大きな力を発揮されたことは事実である。

 二個の原爆投下、ポツダム宣言の受諾、そして日本国憲法の成立と歴史上最大級の出来事が続いた。これらが結びついた8月15日がまたやってくる。今年の終戦記念日は特別の意味があるのではないか。それは、憲法改正を揚げた自民党政権が参院選で大敗したこと、戦争の体験者の多くは80歳を超えたことなどがあるからである。毎年、セレモニーが行われるが、次代を担う若者には、その意味が伝わっていない。それは、世間が無関心であることと、学校が歴史教育の上できちんと現代史を教えないからだ。教育者に良心があるなら勇気をもって、日本の運命をかえた現代史の重要な出来事を教えるべきである。日本のオリジナルな文化や伝統を尊重し、国を愛する心を育むといっても、人々にこれらを受け止める基礎がないから掛け声が空しく響く。

◇県営住宅から暴力団を排除する条例のその後。

この種の条例を議員が発議して作ったのは群馬県が全国初である。私は発案者として本会議で提案説明し、続いて県土整備常任委員会に出席して質疑に応じた。この間、執行部の対応は冷ややかで非協力的であった。小寺さんと議会の対立を反映して執行部まで我々と対立するのか、これもまた、長期政権の弊害の一つに違いないと思った。

新知事誕生によって執行部の空気も一新したことが感じられる。この条例に関しても同様である。施行期日は今年10月1日であるが、条例が施行されるためには、条例運用のための規定が必要である。担当の課長にたずねたら、施行日に向けて関連部局と協議して準備を進めるとのことであった。

◇7月17日の「日記」で「緊急地震速報」について書いたら反応が広がっている。10月1日から一般に実施されるが工場など一部には既に行われている。中越沖地震に関して50秒前に情報を得た建設現場では巨大なクレーンを安定させることが出来た。パニックになることが最大の課題。画期的な科学の成果を生かすため行政は知恵を絞るべきだ。本県も本格的に取り組むべきだ。

☆土・日・祝日は、「望郷の叫び」を掲載しています。

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