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2007年8月14日 (火)

「四万温泉で知事選の勝利をかみ締める」(12日)

◇共に戦った仲間が一堂に会した。大沢新知事も浴衣で正面に座し、小渕優子さんは9ヶ月の身重で挨拶した。国会議員の秘書は19人参加したが、この中には、尾身事務所、中曽根事務所の秘書も見られた。知事もまじえて酒を酌み交わしながら話は厳しかった選挙の事に及ぶ。よく勝てたと振り返る人が多かった。30分程遅れて参加した私も大いに飲み、二次会ではカラオケも歌った。「夜の銀狐」や「抱擁」を歌う私を意外な表情で見る人もいた。

◇かつての人生の同志が眠る二つの墓を訪ねた。一つは亀泉の霊園である。同行した娘が手を合わせている。墓の主は成長した娘の姿をどのような思いで見ているか。別れは、小学校5年生であった。お嫁に行く姿が見たかったと漏らした声が思い出された。

近くの墓で、フルートを弾く人がいた。墓石に聞かせるように。美しい音色が墓石をつつみ静かに広がっている。「奥さんに聴かせているんだろうか」娘が振り返って言った。お盆の墓には様々な光景が見られる。

 もう一つの墓は、嶺霊園にあり、かつての親友福島浩君が眠る。50歳の死は早すぎたなぁと私は手を合わせた。かたわらの石には、闘病の中で到達した彼の心境が書かれている。私はひざを折ってそれを読んだ。それには、自分の人生は多くの「お蔭様」で支えられた、人間とは何て素晴らしいのだ、人の善意は無限の力をもっている、お蔭様という日本語は何て素晴らしい言葉だと刻(きざ)まれている。これは死の恐怖を克服した言葉なのか、それとも、素晴らしい人間の生をもっと生きたいという叫びなのか、私には今でも謎である。ただ、「人間はすばらしい」という彼の言葉は、歳を重ねるにつれ深く分かるようになった気がする。彼の遺言は、人間を大切にしろ、と私たちに呼びかけているのかも知れない。

◇甲子園がまぶしい。炎暑の中、今年も球児達のドラマが続いている。鍛えられた心と身体が激突する。一球に泣き一打に狂喜する純真な姿につい引き込まれる。人生で一番高いエネルギーを持ち輝く時だ。今の若者たちにはいろいろな批判があるが正しく導けばこんなに素晴らしくなる。彼らの姿はそのことを物語っている。終戦記念日が近づくが、年輩の人達は自分の青春を振り返って、野球も平和であればこそ、と平和の尊さを感じているだろう。今日は、前商が甲子園に登場する。

◇今月の「ふるさと塾」は「鳩山一郎」なので、回顧録を読んだ。エピソードで人物像を伝えながら時代を語るのが目的である。悲劇を克服する姿が胸を打つ。選挙で勝ち組閣に取りかかるところで追放される。追放中の軽井沢で農業に取り組む姿もいい。追放が解除され、いよいよ政権に手が届く寸前、脳溢血で倒れた。奇跡の回復は、心の問題の解決にあったと振り返る。何事にも感謝の念を持てという教えに出合ったのである。すぐれた頭脳だけでなく困難を乗り越えて哲学を持つことが政治家を作る。私も学ぶべきものが多いと思った。

★土・日・祝日は、「望郷の叫び」を連載しています。

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