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2007年8月19日 (日)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』(15)第1章シベリア強制抑留の真実を求めて

「シベリア抑留の事実について、ロシアではどのように受け止められているのでしょうか。墓地や平和慰霊公苑に対する理解はどうなっておりますか」

「第二次世界大戦はロシア人にとって大変な戦争でした。私はモスクワで4年くらい生活しましたが、ロシアの皆さま方にとって第二次世界大戦の位置づけはすごいんです。ロシアの皆さんは、第二次大戦と言いません。大祖国戦争といいます。祖国をナチスから解放した。そのために何千万人もの方が亡くなった。本当に大変な戦争であった。そして、ひどい目にあった。この思いは、すべてのロシア人が共有していると思います。ですから、日本の方も戦争でひどい目におあいになった。そういう意味で、平和公苑とか日本人墓地を大事にしなければならない。そういった共感というものがあると思います。」

 ここで楠本総領事は、私の表情をうかがうように言葉を止めた。この時私は、一般のロシア人はシベリア強制抑留について、他人事のような、その程度の認識しかないのだろうかと思いつつ話を聞いていたのである。総領事は、私の胸の中を了解したかのように、また、静かに話し始めた。

「昨年、残念な出来事がありました。平和公苑の碑の一部が壊されたのです。翌日ソゴロフ市長に会って話すと、これは我々の恥です、と言ってすぐに修復しました。しかし、その後しばらくして、また壊されたのです。市長は、2回目もハバロフスク市の恥だと言ってすぐに直しました」

「何か意図的な反日グループがやったのでしょうか」

「単なるいたずらだと思います。あのあたり、夏になると若者がたむろして酒を飲んだりします。そういう連中が、何か別の不満をぶつけたのではないでしょうか」

それにしても、日本人にとって大切な碑が二回も壊されるとは。日本の豊かさ、ソ連の崩壊とロシアの現状、北方領土など、さまざまな問題がある中で、日本に対する不満分子がいてもおかしくないと私は思った。

私は、記念碑が壊されたと聞いて、到着した日、ホテルへ向かう車中でドミトリーが熱っぽく語っていたことを思い出しながら訪ねた。

「ロシアの人々、ハバロフスクの人々の、日本人に対する感情はどうなんですか」

「それはもう、とても良いのです。私は外務省に長くいて、いろいろな所を回りましたが、その中で、ここほど対日感情がいいところはないと思います。ハバロフスクの皆さんにとって、日本は憧れの的です。そして、日本へ行った方は、皆、すごい、素晴らしい国だと言います。ですから、日本総領事として、ここほどやりがいのある勤務地は他にないと喜んでいます。

 ☆土・日・祝日は、「望郷の叫び」を連載します。

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