« 「友の葬儀で弔辞を読む」(16日) | トップページ | シベリア強制抑留『望郷の叫び』(15)第1章シベリア強制抑留の真実を求めて »

2007年8月18日 (土)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』(14)第1章シベリア強制抑留の真実を求めて

読経が終った時、傍らに立っていた塩原さんは我に返ったように語り出した。

「頑張って海まで行けば日本に帰れると欺されて一生懸命歩かされたんです。貨車に乗せられる時も、ウラジオストク回りで、日本へ帰すと言われました。暗い貨車の中で、磁石の針がどっち向くか皆で、必死に見つめました。針が東を少しでも向くと、ワッと喜んで、北へ向くとやはりシベリアかとため息をついていたんです。

多くの人が20歳くらいで、こんなに遠くに連れてこられて、栄養失調で死んだと思うと、泣かずにはいられませんよ。みじめな姿を見せちゃいけないと必死で我慢しましたが、泣いちゃってすみません。

一度でいいから、故国の山を見て死にてぇなあ、と言って死んでいった戦友の顔が、今、はっきり見えました。こういうことは初めてのことです」

塩原さんは頬を伝う涙をぬぐっていた。

四 楠本総領事、日ロを熱く語る

 7月21日午前中、日本総領事館と国立古文書館を訪問した。日本総領事館はハバロフスク市のにぎやかな一角にあって、近代的な建物の敷地には日の丸が翻り、出入りには厳しいチェック体制が敷かれていた。

 外務省ロシア課を通してこの日の会見は申し込んであったので、総領事側は用意して待ち受けていた。楠本総領事は長身で、穏やかな飾らない人柄に見えた。私たちはすぐにテーブルを囲んで対談に入った。

「総領事のお仕事の中で一番大事なことはどのようなことでしょうか」

私が単刀直入に尋ねると、

「はい、これまでの経験を踏まえてお話したいと思います。日本総領事として一番大事なことは、シベリア抑留ですね。ここには、平和慰霊公苑と日本人墓地という二つの大切な施設がありますが、歴史的な認識をもって、これをしっかり守ってゆくことが一番重要な仕事であると思っています。

平和慰霊公苑は、日本政府と民間団体が一緒につくって、来年で十年になります。昨年は小泉首相も参拝されましたが、シベリア抑留で一番記念史的な施設です。

遺族会の方、日本政府の要人の方は、必ず、平和慰霊公苑と日本人墓地を訪れます。その都度、私もご一緒させて頂きます。また、ハバロフスクには、在留邦人は70人ほどおりますが、毎年、ご一緒に日本人墓地の清掃をいたします」

 ☆土・日・祝日は、「望郷の叫び」を連載します。

|

« 「友の葬儀で弔辞を読む」(16日) | トップページ | シベリア強制抑留『望郷の叫び』(15)第1章シベリア強制抑留の真実を求めて »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: シベリア強制抑留『望郷の叫び』(14)第1章シベリア強制抑留の真実を求めて:

« 「友の葬儀で弔辞を読む」(16日) | トップページ | シベリア強制抑留『望郷の叫び』(15)第1章シベリア強制抑留の真実を求めて »