« シベリア強制抑留『望郷の叫び』(12)第1章シベリア強制抑留の真実を求めて | トップページ | 「日記の読者から贈られた一遍の詩」 »

2007年8月12日 (日)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』(13)第1章シベリア強制抑留の真実を求めて

 塩原さんと青柳さんは遠く離れた別の収容所にいたが、共通の体験として次のようなことを語ったことがある。

 収容所では、次に誰が死ぬかが分かるという。次は奴だと分かると、周りの人の注意はその人の手元に集まる。息を引き取ると同時に、固く握られていたパンがポトリと落ちる。すると次の瞬間、どこからともなく、サッと手が伸びてパンは消えてなくなるというのだ。

 このようなことは、ナチスの絶滅収容所でもよく見られたという。奇跡的に死の収容所から生還した精神科医ピーター・フランクルが自らの体験を通して収容所における人間を観察した『夜と闇』の中で、彼は次のように語る。

「人間は極限の中では、感情は消滅してしまう。残酷なことにもまったく驚かなくなる。収容所内で、次は誰が死ぬかが分かりそれに目を付けている。一人が死ぬと、仲間がひとりまたひとりとまだ温かい死体にわらわらと近づき、ひとりは昼食の残りの泥だらけのジャガイモをせしめ、もうひとりは、死体の靴をとった、三人目は、死者の上着を剥いだ・・・」

 二人の老人は、草で囲まれた墓石を見て立ち尽くしている。

 夏草の下には、無念の涙をのんだ日本人が眠る。自分たちは幸運にも日本に帰ることができ、21世紀の驚くべき豊かな世界に生き、今、シベリアに来て、かつての同胞とこのような形で再会したのだ。押し込めていた過去の記憶が一気に甦り、固く閉ざしていた心の蓋は開かれた。

 塩原さんは、両手で顔をおおってすすり泣いている。静かな読経の声が流れ出した。青柳さんは用意した経典を取り出し、石碑の前にひざをついて、一心に読んでいた。線香の煙が静かに立ちのぼる。私も手を合わせていた。

「友よ安らかに眠れ」

目の前の柱に書かれた文字が胸に迫る。この柱を立てた人も、万感の思いを込めて、手を合わせたに違いない。パタポア女史、ドミトリー、ニコライ、そしてミスター・ゴルバチョフみな、じっと異様な日本人の営みを見つめている。彼らにも日本人の思いと、ことの重大さが伝わったものと思われる。

あたりは時が止まったように静かで、読経の声だけが響いている。目を閉じると、酷寒の原野で骨と皮だけの日本人抑留者が強制労働に追いたてられる姿が浮かぶ。読経を読む青柳さんの後ろ姿には、先ほどまでの老人にはない鋼(はがね)のような力強さが感じられた。彼は今、数十年前の凍土のシベリアと再会し、命かけでその厳しい現実と対峙(たいじ)しているのであろう。読経の声は、夏草の下に深くしみ込むように続いていた。

 

☆土・日・祝日は、「望郷の叫び」を連載します。

|

« シベリア強制抑留『望郷の叫び』(12)第1章シベリア強制抑留の真実を求めて | トップページ | 「日記の読者から贈られた一遍の詩」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: シベリア強制抑留『望郷の叫び』(13)第1章シベリア強制抑留の真実を求めて:

« シベリア強制抑留『望郷の叫び』(12)第1章シベリア強制抑留の真実を求めて | トップページ | 「日記の読者から贈られた一遍の詩」 »