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2007年7月24日 (火)

「知事選を振り返る」

◇昨日、県庁を訪れると、巨大な庁舎はいつものように建っていた。激烈な戦いの末に、難攻不落の城が遂に落ち、城の主がかわったのに、県庁のたたずまいは少しも変わらない。これがデモクラシーの時代の戦いの姿なのだと思った。

 小寺さんが敗戦の挨拶をする姿をテレビで見たがさすがに沈痛な面持(おもも)ちであった。昔から、「敗軍の将兵を語らず」という諺があるが、小寺さんも敗因は語らず、ご迷惑をかけたと手短に話していた。逆の立場だったら大沢さんも大変であったであろうと、戦いの非情さを思った。

◇午後6時、県議団の総会があった。(23日)

当選の夜は会えなかった遠方の議員もいて、固い握手を交わす。勝った地域の県議の中には興奮さめやらぬ表情の者もいた。

 大沢正明氏が姿を現すと大きな拍手がきた。つややかな顔で目は輝いている。不思議なもので、勝てば疲れは吹き飛ぶが負けるとどっと疲れが出るものだ。心のエンジンが爽やかに作動すると体の深いところから新鮮なエネルギーが生み出されるに違いない。人間は、正に精神の動物である。

 この席で、公明党の福重県議が挨拶した。今回の選挙では公明党に大いに助けられた、借りは返さねばならない。私は、こう思いながら耳を傾けた。福重氏の演説は熱がこもり切々と訴えるものがあった。隣の県議が「ずい分熱心ですね」とささやいた。公明党の強さの秘密を見せつけられた思いであった。

◇今回の知事選の基本的な戦略は、大ざっぱにいえば、我が陣営の優勢が予想される東毛で票を稼ぐ、北毛は小寺氏優勢を前提とした上で、最大の努力をする、前橋、高崎の大票田で互角に戦う、というものであった。結果として、大体、このようになった。

 天王山と言われた県都前橋を中心とした地域の攻防は凄かった。推薦団体の数などは、小寺陣営が圧倒的にまさっていた。しかし、私たちは驚かなかった。推薦の網をかぶせても、無数のおじちゃんおばちゃんたちの心まで網でつかむことは出来ないことを、よく知っているからである。結果として、前橋は、約4千票負けたが、大変な善戦であったと思う。

◇議会と知事の良い関係とは。

自民党県議団総会で、「手作りの知事を実現した、議会と知事との温かい良い関係をつくろう」という発言があった。このことに異存はないが、議会は議会としての本来の役割をきちんと果たさねばならない。小寺知事の時代、対立を背景に、慣れあいを排して議会改革が進んだが、信頼関係が欠けているために、県政のために力をあわせることが出来なかった。大沢新知事と議会との間では、信頼関係をベースにして、常に緊張関係を維持し、議会は、真のチェック機能を果たさねばならない。慣れ合いが生れ議会改革が後戻りするようでは、新知事を誕生させた意義が薄れる。これからの最大の課題だ。

☆土・日・祝日は、「望郷の叫び」を連載しています。

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