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2007年7月19日 (木)

「中国の混乱はただ事でない」

◇私たちから見ると毛沢東の頃の中国が懐かしい。五千年の歴史の流れの中で全体がゆっくりとのどかに動いていた。今、その流れが一変して狂った奔流のように動いている。最近のダンボール入りに肉まんを初めとする食べ物やあきれるような偽物の横行を見ていると13億の人々が金もうけの為に狂い始めた感じがする。かつては自転車の大群がどこでも見られたが今では国中が自動車の洪水と化している。

 政治的には社会主義であるが、経済では自由市場主義が進んでいる。社会主義の第一の目的は貧富の差がない平等の社会の実現である。ところが、経済の自由が認められた結果、自由競争によって貧富の差、つまり不平等がますます広がっている。そして、経済活動の自由は、思想の自由を広めずにはおかない。グローバルな経済活動によって自由主義陣営の人々と蜜接に関わることになるからだ。このような状況で共産党の一党独裁をどこまで貫くことが出来るのか。中国は未経験の新たな変化に今後対応出来るのか。各地で暴動も起きている。

 最近中国政府の動きに注目すべき変化が感じられる。それは、不正な商活動を公表するようになったことだ。世界の信頼を回復するにはこれ以外にないと政府は考えているのであろう。法治主義がすみずみまで行われる国になるのはいつか。巨大なモンスターの動きは、「食」や「環境」についても我が国に直接関わるだけに目が離せない。軍事力だけに目を奪われて中国にかなわないという人がいるが、総合的に見て日本は中国よりはるかに先進国で真の意味で豊かな国である。

その日本がいま危機にある。美しい国日本を実現する力は人間である。参院選では、「年金」が熱狂的に騒がれているが、未来を託す政治家を選ぶ視点として人づくりはより重大ではないか。人づくり、即ち教育に全力を尽くさないと日本は、本当に、中国にも負けてしまう。

◇刈羽原子力発電所の原発施設停止命令が下された。想定以上の地震の力によって施設が損傷する恐れがあるためだ。刈羽の原子力発電所には何度も訪れたことがある。厳重に警備された発電所内の光景、そして多くの見学客を受け入れて丁寧に説明する発電所の姿勢などから、安全面は万全と思われた。

新たな断層が見つかったのであるが地震の威力の凄さを改めて思う。刈羽からは首都圏に大量の電気が送られる。夏は、甲子園もあって電力を多く消費するので、その不足が懸念される。それ以上に日本の原子力政策に悪影響が出ることが痛い。

 ソ連のチェルノブイリの大事故に見られるように原発には危険が伴う。そこで世界では脱原発の大きな流れがある。ドイツや北欧では原発全廃に向かっている。一方、原油高やCO2の問題で原発に頼る動きもある。(原発はCO2を出さない)。昨年金沢地裁は想定を超える地震で事故が起きる可能性を認め運転を差し止める判決を下した。中国は多くの原発を計画しているが、環境を重視しない大国の原発計画は危険である。

☆土・日・祝日は、「望郷の叫び」を連載しています。

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