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2007年7月23日 (月)

「歴史的瞬間だ、当選に湧く大沢事務所」

◇長く苦しい戦いだった。負けて、また議会で小寺知事の顔を見るのは嫌だった。選挙中、県議選の時の思いを語る議員がいた。それは、知事派の県議候補を小寺氏が向きになって応援していたことだ。前橋市の県議は苦しい戦いを何とか勝ち抜いたが、刺客に苦杯を呑まされた他地区の自民党県議もいた。

 知事選に私情は、挟みたくないが私の心にも小寺氏に対する複雑な思いがあった。大部分の県議会議員と会話が出来ない状況が生まれていたことは、結果として多選の弊害の一つだと思っていた。

◇全力を尽くして21日を終え、22日の朝を迎えた。中沢県議から電話があった。「厳しい状況なので、出来るだけ多くの人に確認の電話をしましょう」というもの。長年の選挙で、一票の重さを痛い程知っている私たちだ。実は、私の事務所は、朝から娘も参加して、電話作戦を行っていたのである。

◇午後8時過ぎ、大沢事務所に行くと既に多くの人が詰め掛けていた。午後8時半を過ぎるころから、郡部の開票が報じられ始めた。山本龍、小寺弘之が優勢で、大沢は三番手である。地域の事情を反映した票の表れ方であり、予想通りとはいえ、テレビのまわりから重いため息がもれる。その間、小寺陣営、山本陣営の事務所のにぎやかな光景が報じられる。私たちは都市部の開票を手に汗にぎって待った。

やがて「甘楽町が勝った」、「水上が勝った」とどよめきが起きる。そして、駄目だと予想していた沼田市が、途中ながら五分の成績だと報じられると一際大きな拍手が起きた。ほどなく、太田市で大沢氏が大差をつけて一位となり、トータルの票が、小寺氏を抜いて一位になると、「よし!いけるぞ!」という叫びが起き事務所内は興奮のるつぼと化した。高崎市と前橋市は、やや予想に反して小寺氏に優位を許したが、もはや大勢は変わらなかった。

 午後10時半を過ぎて当確が報じられると、「ついにやったぞ!」「大沢知事が誕生だ!」事務所を埋めた人は、肩を抱き合い、手を握り合って喜んだ。報道陣のカメラの砲列が向けられる中、祝勝会が始まる。青年部の音頭でバンザイが呼ばれ、ウーロン茶で乾杯が行なわれた。カガミ開き、ダルマの目入れ、花束贈呈と、壇上で動く人々は体中で喜びを表している。誰もが我を忘れて勝利に酔いながら新知事誕生を祝った。

◇小寺知事は、多選に弊害があるかどうかは有権者が決めることだと言っていたが、ついに有権者の判断が下されたのだ。また、群テレの解説者は「多選」はあまり争点にならなかったと言っていたが、そうではない。「長すぎる」という声は巷にあふれていた。

◇「後藤副知事」へのこだわり、県議の定数削減問題への強引な介入、これらは小寺氏のおごりであったと思う。そして、県職幹部の中には、知事サイドに立って県会議員に対決姿勢を示す者もあった。このような状況が現われたことも多選の弊害であったと思う。戦いは勝ったが私たちは謙虚に議会改革、行政改革を進めていきたいと思う。

☆土・日・祝日は、「望郷の叫び」を連載いたします。

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