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2007年7月20日 (金)

「閑野貞一さんの葬儀に軍歌が流れて」

 大きな集会で関野さんがつとめる格調のある多少演劇調の司会ぶりが名物だった。葬儀では、静かに軍歌が流れる中、閑野さんの生涯が語られた。14歳で志願して少年航空兵になる。予科練特攻隊要員として出撃待機中に終戦を迎えた。白髪の同期生が祭壇に進み出た。「貴様と俺とは同期の桜」という文句で弔事が始まった。大空決戦に備え、一機で一艦の撃沈を目指し訓練は熾烈を極めたこと、貴様らは国家悠久の大義のために喜んで死ねと常に教えられたこと、などが弔辞の中で語られた。私は戦争の中にタイプスリップしたような気持ちで聞いていた。

今年も8月が近づく。62年前の今ごろ、戦局は悪化し本土決戦が国中で叫ばれていたが、国の上層部では敗戦は不可避と判断して終戦の方法が模索されて筈である。しかし、終戦の決定にいたるまで、多くの若い命が爆弾と片道のガソリンを積んで南の空に飛び立っていった。若き日の閑野少年も死をかたく覚悟していたに違いない。

軍国時代に戻ったような感を与える葬儀であったが、閑野さんの生涯を振り返る機会となったこの葬儀から戦争の悲惨さと平和の尊さを少しでも学ぶことが閑野さんへのはなむけになると思った。私にとっての身近かなラストサムライ・閑野さん、さようなら。

◇知事選は本当に大詰めだ。毎日、朝に夜に選対の会議をやっている。各地に広がった私の後援会も真剣に動いている。中には、私と行動を共に出来ない支部長もいるが仕方がないことだ。他人の選挙は、客観的に眺められるだけに参考になる。最後まで、ギリギリのスケジュールを立てて頑張ることが勝利に近づくための鉄則である。

 今回の選挙戦の特色は、特に、前橋・富士見地区についてのことであるが、県議選ではライバルであり敵ともなる県会議員が真剣に協力しあっていることだ。お互い、長年激しい選挙をやっているから、いろいろなコマを手の内にもっている。だから、ローラーに何十人を、女性部の集会に何十人を、企業の集会に何十社をそれぞれ出してくれというようなハードな要求をどうにかクリア出来るのだ。その点、前橋のような厳しい選挙を経験していない地域は事情がことなるだろう。

 最後の総力結集の場は、21日の総決起大会である。今、これに向けて工夫をこらしている。眠れない日もあるが群馬の夜明けを信じて頑張るのみ。

◇最後の努力の一つとして企業の協力を求める集会を実施した。案内書を作る余裕もなく、各県議が電話で呼びかけたが予想以上が集まった。とにかく勢いを感じることが救いである。勝敗は最後の努力で決まる。また、勝利と敗北は紙一重である。このような先人の教えが肌で感じられる。人事を尽くして天命を待つのみ。

◇「日記」を書く時間がよくあるねと聞かれる。寸暇をさいてやっているが、継続は力、そして継続は習慣をつくる。書かないと気分が悪いし、どんなに忙しくてもやればやれるものだ。タバコすいが時間をみつけてプカプカやるようなものか。

☆土・日・祝日は、「望郷の叫び」を連載しています。

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