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2007年7月22日 (日)

「戦いは終った、特別に選挙を一言だけ書く」

◇亀里の経済連の広い駐車場には約4千人が集った。違反になることを恐れて、当初予定のバスの利用は断念した。予想以上の人がよく集ったと思う。

 次は、私が壇上から訴えたポイントである。「この選挙は、素晴らしい群馬を子や孫に受け渡すための戦いです。百年に一度か二度の歴史に残る戦いです。皆さん、群馬を変えましょう。群馬を変えるためには新しいリーダーが絶対に必要です」

「そうだー!!」という声と大きな拍手が起きた。福田康夫元官房長官は、挨拶が済むと、これから街頭に出て最後の努力をすると言って、急いで去っていった。午前九時、一票を投じる。歴史を動かす一票になることを念じて。

アムールの水は、黒みがかった茶色に濁っている。遠方に目をやると巨大な流れは黒い生き物のように見える。いくつもの大きな支流を従えて無辺の大地をくねるさまは、正に黒い龍。中国人が、黒龍江と呼ぶのが分かる。私は、身をかがめて、アムールの水を掌にすくってみた。スープのようだ。塩原さんたちが、かつて、わずかなパンとスープでぎりぎりの飢えに耐えていたとき、よく口にしたという言葉を思い出した。

シベリア強制抑留『望郷の叫び』(7)第1章シベリア強制抑留の真実を求めて

「ああ、今日も、アムールだ」

実のない水だけの、目玉が映るようなスープのことを「アムール」と呼んだのだそうだ。

 明日は、あれを渡ってユダヤ人自治州のビロビジャンへ行く。私は、夕闇の中にしだいに溶け込んでゆく鉄橋を見ながら思った。

三、シベリア鉄道でユダヤ人自治州ビロビジャンへ

7月20日、ドミトリーが先頭に立ち、研修生二コライも加わってハバロフスク駅へ。ニコライは、ハバロフスクの大学で日本語を学ぶ学生である。日本人との接し方を学び、将来、ドミトリーのような通訳になることを目指していた。まだ童顔の若者は、笑うと人なつっこい目が魅力的であった。

 早朝のハバロフスク駅は、いろいろな顔の人々が行き交って、市内とはq違った活気が感じられる。ロシアは多民族国家と言われ、ハバロフスク州約百の民族が住むといわれるが、駅は様々な民族を結ぶ役割も果たしているのであろう。駅前の広場に立つ鋭い顔の逞しい男の像は、ハバロフスクのもの。17世紀半ば、開拓者ハバロフがこの地に足を踏み入れ、そこから町の発展がスタートした。ハバロフスクの名も、ここに由来する。

駅舎正面の見上げる位置に大きな時計がある。この時計は変わっていて、短針が二本ある。私が見ていると、ドミトリーが気付いて言った。

「赤いほうはモスクワの時刻をさします。7時間の差があるのですよ」

こんな時計の針もロシアの大きさを刻々と表している。かつて、ソ連時代、列車の時刻表はモスクワ時計を標準にしていたために、この時計が必要とされたらしい。時計はその名残だという。

☆土・日・祝日は、「望郷の叫び」を連載します。

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