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2007年7月26日 (木)

「知事選を振り返る。山本票の効果」

◇山本龍君が得た票について。龍君は、19万余の票を得た。よくあれだけの票を取ったという見方がある。よく頑張った。彼の勇気を讃えたい。敗戦を語る彼の表情は爽やかだった。全力を尽くして善戦したという感慨をもったのではないか。昨年の前半に県議会を飛び出して旗揚げしたが、県議会で彼をおす動きはついに起きなかった。それでも、一般県民の間に大きなうねりが起きれば道は開けたかもしれないがそれもなかった。現職の出馬及び自民党が一体となって推す候補者の出現という事態に行く手を阻まれたわけであるが、十分な時間と資金を使って目的を達成出来なかった最大の理由は、知事になるにふさわしいかという彼の資質の問題だと思う。まだ若いのだから修行を積んで再起を図って欲しい。

 このこととは別に、山本龍君の票が小寺票に影響を与え、大沢当選に間接的に貢献したと考えられる点が興味深い。北毛戦線は、小寺氏の勢力が大きいととろである。龍君が第一位の票を得たが、これがなかったなら、小寺票がもっと伸びたに違いない。そしたら、大沢当選は危うかったかも知れない。

◇現職の圧倒的な力を感じた選挙だった。小寺氏が4期16年で培った知名度と実力は凄いと選挙の中でいつも思った。それは、予算と人事権を握った強大な権力を背景にして任期中、常時選挙運動をやっているのと等しいからである。これも多選の弊害の一面なのだ。

 現職の力が一番強く根を張っていたのが前橋市であった。前橋は正に知事の地元、そして天にそびえる庁舎は小寺氏の権力を象徴するものであった。県都前橋が天王山と言われた。しかし、大沢正明の知名度は余りに低い。大きなハンディを克服するために私たちがとった作戦は、多くの集会を計画しそれぞれに最大限の人を集めることだった。

 例えば、出陣式は26ヶ所で行った。各県議は成果を比べられるので必死だった。集会のために役員会を重ねて策を練った。建設会館、マーキュリーホテル、各他の農協や公民館などが利用され、それぞれの集会のために、チラシを配布するローラー作戦が展開された。

そして、最後の大作戦が亀里町の経済連駐車場における総決起大会であった。当初大型バス28台を用意したが利益供与の違反を問われたらたとえ勝っても水の泡になると悩んだ。苦渋の決断を下しバスは断念した。各地で急拠会議が開かれ、乗用車で乗り合わせて参加する細かな計画が練られた。数千人の人が果たして集まるだろうか。祈る思いであった。集まる人に最初の努力をお願いしようということで、黄色い紙が準備された。「群馬の夜明けが来ました。新しいリーダーに松明(たいまつ)を手渡す時です。どうかあと、5人の人に呼びかけて下さい」紙面のこの文は私が作った。大駐車場に私の不安が広がる。間もなくそれを吹き飛ばすように広場は人の海と化した。このように上州の各地が燃えて新知事は誕生した。新知事をつくること自体が目的ではない。それは、素晴らしい群馬のための手段なのだ。このエネルギーを継続させねばならない。

☆土・日・祝日は、「望郷の叫び」を連載いたします。

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