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2007年7月29日 (日)

シベリア強制抑留『望郷の叫び』(9)第1章シベリア強制抑留の真実を求めて

 青柳由造さんは窓外に飛び去る白樺の樹林を感慨深そうに眺めている。抑留者は極限の飢えに迫られて口に入れられるものは、馬糞の中の豆まで見逃さなかったというが、知恵と工夫で新しい食べ物の発見にも必死だった。その一つが白樺の樹液だった。傷をつけて、そこに器をあてがっておくとわずかに半透明の液体が得られた。

「それが本当にうまいんですよ」

青柳さんは、かつて、目を細めて語ったことがあった。

私は、車内を歩いてみた。さまざまな人々がいる。太った中年の女性、ひげをはやした労働者風の男、談笑しているグループ、子どもを抱いてもの思いに沈んだような若い女性など。人々の姿は、ハバロフスク市の華やかな光景とは違って、ロシアの大地に生きる人々の実態を語っているように見える。ときどき視線が合って、<こんにちは、初めまして、私は日本人ですよ>と思いを送ると、にこっと笑顔が返ってくる。ロシア人は人なつっこいと聞いたことがあるが、なるほどと思う。こういう人たちが、日本人を地獄の強制抑留に駆り立てたとは思えない。戦争と政治体制のいかんが人間を狂気に駆り立てるのだ。

 にこにこ、わいわいと楽しそうな少年たちのグループが陣取っている。私は狭いスペースを見つけて、その中に割り込んだ。英語で話しかけると、

「イエス、イエス」とか、

「ウィ、プレイ、テニス」とか返ってくる。

 英語が通じるのだ。彼らはビロビジャンまでテニスの試合に行くのだという。持っていたボールペンやお菓子を差し出すと、皆、キャッ、キャッと言って喜んでいる。子どもの姿は、どこの国も同じである。二十一世紀の日ロの関係は、この世代が担ってゆくことになる。

 やがて、ビロビジャンの駅に着いた。駅前の広場には、ユダヤのシンボルといわれる、燭台の塔が立っている。上部には、左右に三本ずつのロウソクを形どったものがついている。

 なぜ、ユダヤ人の自治州ができたのか。私たちの目的は、かつての抑留者のことを調べることにあるので、このことについては簡単に触れることにする。

 ユダヤ人については帝政ロシアの時代から大きな社会問題であり、ユダヤ人排斥の動きは強かった。革命後のロシアでも、反ユダヤの国民感情は根強かったが、人種の平等を建前とする社会主義政権としては、ユダヤ人を虐待することはできない。さまざまな背景があって、ユダヤ人をシベリアの一画に移住させる計画を立てた。

☆土・日・祝日は、「望郷の叫び」を連載します。

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