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2007年7月10日 (火)

「NPO市民立カレッジで講演」(9日)

◇早朝7時半より、県議団の選対会議があった。(9日)。連日のように行われる会議や過重な計画に追われ一日一日が矢のように過ぎる。時には立ち止まって一息入れたい気持ちにもなる。そんな願望を抑えて午前10時少し過ぎから自民党の広報車に乗った。駅前などの要所で、車の上に登って演説した。自民党の青年部長も同伴した。

◇午後2時半からの講演は辛かった。「NPO市民カレッジ」主宰の事業である。毎年講師の一人として受講生たちに話をしている。昨年のうちから予定されていたことであるが、その時は、激しい選挙と重なることは意識しなかった。あっという間に、講演の日が近づいた。日時の変更を申し出たが無理と分かったので、意を決して、短時間で準備して臨んだ。講演することは慣れているが手抜きはしたくなかった。栄養剤のドリンクを一本飲んで演壇に立つとシャキッとした気持ちになった。産業技術専門学校の一室である。

 演題は、「NPOの原点は何か、NPOの役割は何か、そして、NPOは日本の社会を変えたか」。題目としては長いが、これは、同時に話の中味でもある。平成7年の阪神大震災の時、一年間にのべ約140万人のボランティアが救援活動に参加した。この動きはボランティアが新しい時代を支える大きな力になることを予感させた。平成9年にはボランティアの活動を支えることを目的としたNPO法が成立。簡単に法人格を得る道が開かれ、群馬県では現在523のNPO法人が存在する。阪神大震災で見せたボランティアの人々の動きはNPOの一つの原点であった。

 一方、今日の社会は大きく変化した。そして人々のニーズは増大しかつ多様化しているが、企業も行政もこれに十分に応えることが出来ない。供給を待つニーズの海が存在する。このニーズに応えることが出来る第三の柱、つまり企業、行政に次ぐ存在がボランティアでありNPOである。ざっとこんな風に話を進めていった。そして、今日の社会には、知恵と経験を豊富にもって社会に貢献したいと思う人が沢山いる。このような人たちがボランティア・NPOに参加して動けば大きな活力となる。そして団塊の世代のことにも及んだ。県議会では「ダンコン」の世代と発言した議員がいたと話を脱線させたら笑いが起きた。2時間、飽きさせない話が出来たと思う。

◇私の友人の残留孤児と会って話した。中国帰国者協会の人たちは、私にとって大切な存在である。日頃から親しく付き合っているので選挙でも力を貸してもらえる。この協会にかなりの数の残留孤児がいる。私の友人は「一応解決したよ」と語った。彼らに対する国の支援策がまとまったのだ。旧満州で終戦を迎えた時、0歳から12歳の間で親と離れた子供が残留孤児だ。誤った国策の犠牲者ともいえる人たちである。帰国後も日本社会で辛酸をなめた。10年程前彼らがかつて住んだ黒龍江省の奥地を訪ねた。黒い泥の海の中にたたずむ貧しい家々を見て息をのんだ。支援問題の決着は遅すぎる。安倍首相の決断は評価するが、遅れた原因の一つは政府の歴史認識の甘さにあるのではないか。

☆土・日・祝日は、「望郷の叫び」を連載しています。

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