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2007年6月 3日 (日)

『上州の山河と共に』連載(83)「審判下る」

「皆さん、この中村に、最後の力をお与え下さい。皆さん、私は、お金もない、地位もない、普通の市民として、立候補しました。

 目指すものは、身近かな県政、信頼の県政であります。今、地方の時代と言われるように地方が重要な役割を果たすべき時代であります。それは、それぞれの地方が、その地方の個性を生かしたまちづくりをしなければ、また、その地方の創意工夫に基づいて福祉や教育をしなければ、本当の意味の豊かな社会を実現することはできない、ということであります。そして、その為には、県政を身近かなものにし、県民の信頼に基づいた県政を実現しなければならないのであります。

中村は、皆さんにお約束します。この新しい時代の県政を担うにふさわしい県会議員となって立派なふるさと群馬をつくることを。

 その為に、どうか私を当選させて下さい。その為に、最後の最後まで、私と共に戦い抜いて下さい。お願いであります」

 大きな拍手と声援が起こった。その声は、塀の外からも起こっていた。

 背筋を伸ばし、額の汗をぬぐうと、快い風が頬を撫でる。心も壮快であった。私の演説が終る頃には、人々の数は一段と増えていたのである。私は、そのことに気付いて、大きな喜びと力が身体の奥から湧き上がってくるのを覚えるのであった。

投票日が刻一刻と近づいていた。果たしてどれだけの票が集まるだろうか。一人になって考えると、やはり不安である。短期間ではあるがいろいろな経験を積んで、それに基づいて振り返ると、ああすれば良かった、こうすれば良かった、と反省すべき点がたくさん出てくる。ああ、あと二、三日あれば、という思いにかられながら、ついに投票日を迎えることになった。

審判下る

 昭和六十二年四月十二日早朝、私は、芳賀公民館で投票を済ませた。多くの人が列を作っている。その列を、私は祈る思いで見た。

 その晩、八時過ぎに大勢が判明する予定であった。運命の時は容赦なく近づいていた。もう、賽は振られたのだ、じたばたしてもしようがないことと、頭では分かっていても、気持ちは落ち着かない。これまでも、自分の人生に重大な意味のある結果が出るのを固唾を呑んで待った経験はいくつもある。しかし、今回の私の気持ちは、今まで経験したことのない、重苦しいものであった。

☆土・日・祝日は、以前からのご要望により「上州の山河と共に」を連載いたします

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