« 『上州の山河と共に』連載(76)「決戦の時来る」 | トップページ | 「知事選の事務所開所式」(13日) »

2007年5月13日 (日)

『上州の山河と共に』連載(77)「いよいよ決戦」

 1987年・昭和6243日、県議選は告示され、決戦の火ぶたが切られた。この日、定数57議席に対し79人が立候補の届け出をした。前橋の選挙区では、定数8のところへ11人が立候補し、予想通りの激戦となった。選挙運動の期間は9日間、12日が投票日とされていた。

 今回の選挙の特色として、自民党は49人を擁立し、前年の衆参同日選圧勝の勢いに乗って県議選勝利を獲ち取ることを目指していたこと、野党はこれに対して、売上税反対のスローガンをかかげて対決姿勢を鮮明にしていたことなどが上げられる。私は無所属から立候補し、〝身近な県政〟〝信頼の県政〟を、木目細かに訴えてゆこうと考えていた。

43日の早朝、私の住む鳥取町の大鳥神社で必勝祈願祭を済ませると、私は、これから9日間必死で戦場を駆け回ることになる選挙カーに乗って、県庁前に向った。

 選挙カーにとりつけられた看板の中村のりおの文字には覆いがかけられている。すでに市役所に出向いている幹部役員によって届出が適正になされた時点で、その覆いは取り除かれ、私は、第一声のマイクを握る手筈となっていた。事は予定通り運び、8時過ぎ、私は、県庁前の大通りで、生まれて初めてタスキをかけ、白い手袋の手にマイクを持って、立候補の第一声を放った。<新人候補の中村のりおである、県政を身近なものにし、信頼の県政を実現して、県民の皆さんと共に素晴らしいふるさと群馬をつくりたい、その為に、この選挙戦を死にもの狂いで戦い抜くつもりだ>と挨拶した。

 朝の通勤時間である。道行く人達は、私に格別の関心を払うふうもなく、それぞれの職場へ急ぐ。立ち止まって耳を傾ける聴衆がなくても、私は、この一声によって、現実に選挙戦に突入したことを実感した。

 各地の後援会はどう動いてくれているか、多くの人達が苦心して練り上げたいろいろな作戦は、計画通り実行されるだろうか、届出と同時に一斉になされた筈の選管指定の掲示板へのポスター貼りは進んでいるだろうか等、様々なことが気になるが、私は、もう、神輿の上の人であった。選挙カーが走り出すと同時に、後部座席のウグイス嬢の声が拡声機から流れ始める。

 選挙カーに対して手を振ってくれる人が目に入ると、本当に嬉しい。手の振り方、その人の表情は、走る車からの瞬時の把え方であるが、それが、心からの支援の現われか、それとも、礼儀的なものか、よく分かる。選挙の掲示板に時々出合うが、自分のポスターが所定の位置に貼られていると、ああ、ボランティアの人達が真剣にやってくれているなと、あの顔、この顔と目に浮かび、大変に勇気づけられる。

 選挙に出る前は、選挙カーで連呼してゆく姿を、何て馬鹿な事をと冷ややかに見ていた私であったが、自分がその立場に立ってみると、いろいろな事に気づく。私は、自分でもマイクを握り、ウグイス嬢と交互に呼びかける。

「中村のりおでございます。県政を身近なものにし、皆様と共に素晴らしい故郷群馬を築きます」「中村のりおでございます。信頼の県政を実現します。県民の為の真の県政を実現する為に立候補しました」「新人候補の中村のりおでございます。皆様と力を合わせ、21世紀の故郷群馬を築きたいと思います」

このような短い言葉を発しながら、選挙カーは走る。

土・日・祝日は、以前からのご要望により「上州の山河と共に」を連載いたします。

|

« 『上州の山河と共に』連載(76)「決戦の時来る」 | トップページ | 「知事選の事務所開所式」(13日) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『上州の山河と共に』連載(77)「いよいよ決戦」:

« 『上州の山河と共に』連載(76)「決戦の時来る」 | トップページ | 「知事選の事務所開所式」(13日) »