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2007年5月 3日 (木)

『上州の山河と共に』連載(72)「県民会館の大会成功す」

 105日、とうとう大会の日がやってきた。私の心は、既に落ち着いていた。やるだけのことはやったのだ。なるようになる。あとは運を天に任せるしかない。このような心境であった。

 開会の時刻は午後6時。林先生の送迎は、水曜会の伊藤正美さんと妻の役目であった。5時少し前、伊藤さんと妻は、入念に磨いた伊藤さんの愛車に乗って、林先生を迎える為に高崎駅へ出かけて行った。

 県民会館の中は、いくつものグループが慌しく動いていた。受け付けの為に机を並べる人達、駐車場での車の誘導を打ち合わせる人達、あるいは、壇上に花を置き、来賓や役員の椅子を並べる人達等。

 誰もが、長い間かかわってきた自らの運動の成果がどう表れるか、試験の結果を待つ受験生のように、不安と期待の入り混じった気持ちで動いている。

 私は30分程前から、舞台の裏手にある控室に入っていた。私の人生における初めての経験、その幕開けが刻々と迫る。もう、会場には人が入り始めている筈だ。入り具合はどうだろう。私は、幕の隙間から会場を見たいという衝動に駆られ、また、見るのが恐いとも思う。定刻10分前になった時、福島浩が顔を紅潮させて入って来て、私に近づくと耳元で言った。「もう会場はいっぱいで入れない。ロビーもいっぱいで、まだ、どんどん来ている。受付が混乱しているから、少し開会を遅らせる。小会場は、まずかったな」彼は、ニヤッと笑うと、私の肩を叩いて出て行った。

<やったあ>、私は心の中で叫んだ。その時、「やあ、大変な盛会ですね」こう言って、林先生が控え室に入ってこられた。盛況の知らせと林先生の到着が重なって、私は、心地良い興奮に浸っていた。

 福島浩の司会で、県民会館小ホールの幕が上がった。連合後援会長の福島貞雄氏は、冒頭の挨拶の中で、座席に坐れず通路や後ろに居られる方々、そして、会場に入り切れず外におられる非常に多くの方々に、誠に申し訳ないと謝った。しかし、その声も、軽く弾んでいるように響く。林先生は、約30分程話をして下さった。東大西洋史学科の紹介から始まって、東大紛争にまで及ぶ話の過程で、先生の歴史に関する深い造詣に基づく話が易しい言葉で語られる。

 私の事に及んでは、「剛毅木訥は仁に近し」、という論語の言葉を引用して、中村は真面目で堅実な男である、県民の皆さんの信頼を得て大事な県政を進めていくにふさわしい男である、れからは、こういう男が政治の世界に入っていくことが、民主主義の進展の為にも必要だと、誠に勿体ない表現で紹介し、推薦して下さった。

 先生は、大衆の前で、大声をあげて選挙演説をするようなことは慣れておられない。淡々と大学で講義をするような話し振りは、かえって真実味あるものとして、聴衆の心を打っているように見受けられた。先生の話が終ると、いよいよ私の番であった。満堂溢れる聴衆を前に、高い壇のうえから演説をするのは、もとより生まれて初めてのことである。そして、今日の舞台は、自分が主役であり、そのでき具合が試されていると思うと、どうしても緊張するのだった。

★土・日、祝日は、以前からのご要望により「上州の山河と共に」を連載しています。

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