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2007年5月20日 (日)

『上州の山河と共に』連載(79)「いよいよ決戦」

 妻が聴衆の前で挨拶する機会は、次第に多くなった。妻は、大勢の前に立つと、直ぐに泣いた。涙を拭う左手の白い包帯と共に、彼女の姿は人々の目に印象的に映るらしい。

激しく突き上げるものを必死で抑えようとするが、抑えつけようとすればする程感情は乱れ高ぶってしまう。

「皆様に、こんなにお世話になって本当に申し訳ありません。中村は、きっと立派な県会議員になって、皆様に御恩返しをします。どうか、主人を当選させてください!」やっとのこと、このような挨拶をすると、大きな拍手が起こり、涙を流している人の顔もあちこちに見られる。

「よし、わかった、きっと当選させるぞ!」

 会場からは、嬉しい声援も飛ぶ。

 このような盛り上がった雰囲気が更に妻を揺さしんぶるらしく、妻は、感激の涙を流している。

私は、こんな妻を心の隅で不憫と思いながらも、それを振り返る余裕もなく、私自身次第に大きくなる渦の中に巻き込まれてゆくのだった。

昼間の作戦に続く夜の課題は、出来るだけ多くの座談会を開き、これを如何に盛り上げ、得票につなげるかということであった。

座談会は、毎晩、六、七ヶ所で行われ、多くの後援会の幹部が手分けしてこれに臨み、立派に弁士を勤めてくれた。そしてその中でも、笠原久子さんの演説は新鮮、かつ、強烈な印象を与えていた。

笠原久子さんは、なかなかの美貌の人である。そして、知性と情熱を持ち前の明るい性格でうまく調和させているような彼女の雰囲気は、接する者に、常に新鮮な印象を与え、また、魅力を感じさせていた。

しかし、行動派の彼女も、大勢の前で選挙の応援演説をするのは初めてのことで、マイクを握った彼女の顔は、緊張と興奮で青ざめていた。「私達庶民の喜びや悲しみが本当に分かる人、それが、中村のりおです。私達と同じような生活の体験を持ち、私達と同じような生活感覚を持つ人でなければ、私達の代表とは言えません。中村のりおこそ、私達の代表として最もふさわしい人です。」

笠原久子さんの澄んだ綺麗な声が、凛として響く。ほぼ満席となっている公民館のホールは、俄に登場した女性弁士の迫力に押されて、水を打ったように静かである。

「中村のりおは、金も、組織も、知名度もありません。皆さんのお役に立ちたい、良い故郷を創りたい、ただ、その一心で、苦しい戦いを続けて来ました」

笠原久子さんは、ここで声をつまらせ、高ぶる感情を必死で押さえようとしている。

☆土・日・祝日は、以前からのご要望により「上州の山河と共に」を連載いたします

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