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2007年4月20日 (金)

「長崎市長殺害の波紋」

  統一地方選の最中だけに長崎市長殺害の襲撃が選挙関係者の間に広がっている。中には、防弾チョッキを着用したりボディガードをつけたりする候補者がいると報じられている。一つの事件が同種の事件を誘発することはよくあるから無理はない。

  行政に対する不法な行為で逮捕される者が相次いでいる。私が議長の時も、議場で暴言を吐いたり、議会事務局長や私の所へ押しかける男がいた。また、行政各部や私など政治家に不当に高価な書物を買うよう威圧的に求めるものが跡を絶たない。少し前に同和を名乗る男が、数万円の書物を買ってくれと電話をかけて寄こし、断ると、「同和のことに協力できないのか、覚えておくわ」と捨てせりふを言った。このような言動に恐怖感を覚える人もいるだろう。

  政治家や行政に関わる者に求められることは、これらの不当な行為に対して毅然とした態度で臨むことである。面倒だからと妥協したりすると、結果としてこの種の行為を蔓延させてしまう。今日、これに近い状況にある。

  政治や行政に難癖を付ける者に、暴力団と右翼等がある。今回の長崎市長殺害の容疑者も山口組系の暴力団の組員だった。自治体から金を脅し取ろうとする暴力団が増えている。昨年、全国の自治体から警察へ寄せられた相談件数は2400件だという。実態はもっと大いに違いない。

  暴力団対策法が出来て暴力団に対する規制が強まる中、行政に対する違法すれすれの行為が増えているのではないか。最近の傾向として、行政は市民の批判に弱い。暴力団などはこのような傾向を悪用しているといえる。そして、行政への不当要求と同じように政治家への不当な圧力も増えていることを感じる。

  これらの動きを甘く見てはならない。恐いから、あるいは面倒だからといって、政治や行政が萎縮するなら、正に民主主義の危機である。民主主義という美しい建物が白アリに犯されている状況が進んでいるのだ。県警は、政治家や行政に対する不当な要求行動を、民主主義に対する挑戦という新たな視点でとらえなおす必要がある。

◇日経新聞に火炎瓶を投げた右翼の男が逮捕された。男は、記事に警告を与える目的だったと認めている。記事は、「昭和天皇がA級戦犯の靖国神社への合祀に不快感を感じ参拝を中止した」とする元宮内庁長官のメモの紹介である。

  男は昭和天皇を靖国問題の世論操作に利用するとして新聞社の姿勢を攻撃したものらしい。かつて、朝日新聞の支局を襲って記者を殺した事件(時効成立)も記憶に新しい。

  新聞社に対する攻撃は、正に言論の自由に対する挑戦である。現在の社会を支える最も重要な柱は言論の自由であるからだ。これが失われたら民主主義は崩壊する。政治家や新聞社に対する不当な攻撃が許せない理由はここにある。今回の事件を機に私たちは、言論の自由の意味を改めて考えてみる必要がある。

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