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2007年4月19日 (木)

「長崎市長が殺されたことの意味」

◇選挙の真っただ中に、しかも、選挙事務所の前で長崎市長が撃たれて殺された。容疑者は暴力団の組員で、動機は市長に対する恨みと伝えられる。仕事からはずされたとか、交通事故の処理への不満とか報じられているが、政治に対する不満に暴力で報いることは、まさに民主主義への挑戦である。

日本は、世界で最も民主的部類に入る憲法を持ち、言論の自由が最大限に保障されている筈の国である。選挙は、この言論の自由が最大限に生かされる場である。そして、選挙は、この言論の自由によって民主主義を実現する場である。長崎市長を殺した銃弾は、日本の社会を支えるこの言論の自由と民主主義に撃ち込まれた凶弾に他ならない。

10年程前にも、産廃処分場の建設をめぐるトラブルに関し岐阜県御嵩町の町長が暴漢に襲われ重傷を負う事件があった。

この種の事件は、ことの重大性を国民がしっかりと認識し厳しく糾弾しないとまたいつか同様な事件が起き日本の民主主義そのものが崩れてします。

私は、自由にものが言える社会、特に自由な言論によって政治が築かれる社会の重要性を、この事件を機に国民が良く見詰めるべきだと思う。美しい国日本を実現することが叫ばれているが、美しい国の基盤は、健全な民主主義なのである。このことを子ども達にもしっかりと教えなければならない。

◇テロによって自由にものが言えなくなり、世の中が誤った方向に大きく動いていった過去の歴史的事実を思い出す。昭和5年浜口雄幸首相は東京駅で狙撃された。そして、昭和7年には血盟団事件が起き政界、財界の重要人物が次々に殺される事件が起きた。一人一殺の暗殺組織血盟団の首謀者は利根郡川場村生まれで前中(現前高)で学んだ井上日召であった。

◇言論の自由が押しつぶされる状況の中で、満州国建国(昭和7年)、国際連盟脱退(昭和8年)、日中戦争(昭和12年)と日本は後戻りできない破局へと突き進んで言った。

過去の政治へのテロは、政党政治(民主政治)への絶望感が背景にあったと思う。あの頃と現在は大きく違う。しかし、民主主義への不信が社会に広がるとテロが起きる危険性が高まることは同様である。選挙は民主主義を支える場であると同時にこれを発展させる場でもある。投票率が低いことは民主主義を脅(おびや)かす要素であることを訴えたい。

◇昨日、富士見村で、ある村議選候補者にあった。告示日の前日に出馬を決意し行動を始めたいという。事務所らしきものも準備されていない様子。本人は、まじめな知識人らしいが緊迫感はまったく感じられない。同じ町内の数百メートルの所に別の現職の事務所がある。「もしかして当選できたら面白いですね」と私はつい失礼な発言をしたが候補者は全く意に介さず笑っていた。選挙は手を上げるだけで重要な意味をもつ。近くの候補者は脅威を感じているだろう。出馬したからには、政策を訴えて真剣に戦ってほしいと思った。

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