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2007年4月29日 (日)

『上州の山河と共に』連載(70)「元東大総長・林健太郎先生に決まる」

 私は、林先生に電話でアポイントメントを取って、早速上京した。のるかそるか、当って砕けろ、という気持であった。

 林先生は、会うと開口一番言われた。

「運動は進んでいますか。当選はできそうですか」

「はい、お陰様で、かなり手応えが感じられるようになってきました。しかし、当選できるかどうか全く分かりません。ただ、夢中でやっています」

「初めてのことだから、予想は難しいでしょう。しかし、順調のようで安心しました」

「そこで、実は、今日は、大事なお願いがあって来ました」

 私は、思い切って切り出した。先生は、私の次の言葉を促すように黙って私の顔を見ている。私は、意を決して言った。

「反応が出てきたこの時期をとらえて、後援会の大会を計画しています。この大会は、当落を決める非常に大切な大会です。そこで、この大会を成功させるために、先生に御出席願い、お話をしていただきたいのですが」

 林先生は、日時のこと、会場のことなどを、少し質問した後、

「分かりました。出席します」

 あっさりと、そして、きっぱりと言った。

〝万歳〟私は心の中で叫んだ。同時に、後援会同志の喜ぶ顔が目に浮かんだ。私は、林先生の温かい心に感謝しながら、飛び立つ思いで帰途についた。車窓から見える赤城山も私を温かく迎えているようであった。

 連合後援会の福島会長等幹部、そして、プレハブ小屋で連日のように妙案を捜して苦しんでいた人達は大喜びで、この運動始まって以来のヒットであると湧き立った。

 これで街頭ポスターにも、入場券にも、元東大総長林健太郎と書くことが出来る。世間は注目するに違いない。残された課題は、当日の会場をいかに盛り上げるかということであった。私は、疲れが消えて、身内に勇気がみなぎってくるのを覚えた。そして、林先生の期待に応える為にも、何が何でも当選しなければならないと思った。

 全く組織のない状態、ゼロからスタートした我が陣営が、小ホールとはいえ、県民会館で後援会の大会を開くということは、予想以上に大変なことであった。現在では、三千人規模の大会を開くということもそれ程難しいことではないが、当時は、組織的な動員がほとんど期待できず、一人一人の人に集会への参加を呼びかけてゆかねばならなかった。

 特に、私が訪問した所へは、全て手紙を出し、知人、友人を誘って参加してくれるよう要請した。

★土・日・祝日は以前からのご要望により『上州の山河と共に』を連載しております。

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