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2007年4月14日 (土)

『上州の山河と共に』連載(65)「一紀会・地域後援会」

 道上君は、同じ運輸会社に現在も同じペースで勤務している。彼の外見は極めて穏健、ソフトで、内に秘めた精神力や過去の生活歴を他人に微塵も感じさせない偉い男である。

 一紀会が分離独立した後は、水洋会、一紀会、それぞれの特色を発揮しながら、活動し、大いに会を発展させることになった。

「地域後援会」

 運動を始めて一年近くが過ぎようとしていた。さすがに、この頃になると、地域後援会も、ぼちぼちできるようになってきた。

 地域後援会の重点地区は、西片貝町を中心とした桂萱、私の住む芳賀、そして、元総社を中心とした利根西であった。そして、各種後援会を統括する連合後援会の会長には、福島貞雄氏が就任した。この人は、福島浩の実兄で、赤城自動車工業の会長であった。

 福島貞雄氏は、当時、五十歳を少し越えたばかりの働き盛りで、細身で精悍な風貌の中に知性とエネルギーを感じさせる人であった。通常、連合後援会長といえば、かなりの年輩で、黙って全体を眺めているといった感じの人が多い。ところが、我が陣営の福島氏は、自らてきぱきと判断を下し、そして、自ら行動する人で、道なき道を切り開いて進まねばならない我が陣営には誠にふさわしい、そして、頼もしい人物であった。

 そして、連合後援会の中枢にあって、福島氏の良きパートナーとして重要な役割を果たしてくれた人に、小沢利治氏がいた。小沢氏は、その父親が市議会議員を数期勤めた桂萱の名門の出で、地域社会に影響力を持つ人物であった。小沢氏のような地域の重要人物が、私のような、とかく泡沫候補と見られがちな新人に、本気で応援してくれることは稀なことであって、大変ありがたいことであった。

 この当時、桂萱地区で、曲がりなりにも地域後援会が出来たのは、私が長く学習塾をしていた西片貝町だけであった。そして、ここでは、高橋甲子雄(きねお)さんが支部長となり、その下で、砥上三千雄さんを中心とする青年部の人達が活躍してくれることになった。

 この当時、地元芳賀地区においては、連合自治会長の村山栄一氏がいろいろと骨を折って下さったが、後援会の関係では、芳賀地区の後援会である「中村のりおを育てる会」の会長として、六本木近男(ちかお)さんが大変頑張ってくれた。

 近男さんは、五代町で農業を営む、いかにも律義な人で、人の前で演説をしたこともないと言いながら、よく大役を果たしてくれた。

 芳賀地区では、後になって、村山栄一氏、小林清六氏、宮内禎一氏等を柱とする本格的な後援会組織が出来るが、その基礎を作ってくれた六本木近男さんの御苦労に対しては、今でも深く感謝している。(明日の日曜日に続きます)

★土・日・祝日は以前からのご要望により『上州の山河と共に』を連載しております。

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