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2007年4月24日 (火)

「伊香保で国会議員との合同会議」(23日)

  福一の会議の主なテーマは知事選である。国会議員本人の出席は、笹川堯、佐田玄一郎、山本一太の各氏であった。知事選に向けての組織づくりと運動の大まかな方針が話し合われ、当選ラインを40万票として、後援会加入者60万人を集めることも決められた。これだけの組織がフル回転したら必ず当選するに違いないと思った。

  統一地方選で生まれた我が方の大沢候補に有利な事情は、先ず、館林市で安良岡氏、桐生で亀山氏がそれぞれ市長に当選したこと。これまで館林市では中島市長、桐生では大沢市長がそれぞれ小寺知事支持を表明していた。

  選挙で勝敗を左右するものは無数の一般有権者の動きである。有力者や団体の推薦の数によって決まるものではない。肩書きのある有力者や立派な推薦団体がきら星の如く並びながら、これらが一陣の風に飛ばされる木の葉のように蹴散らされて、あっけなく敗れた選挙を、私はこれまで多く見てきた。全ては、これからの大衆の心をつかむ戦略にかかっている。

◆伊香保の会議では、県議団の総会も行われた。ここの議題の一つに弔電の廃止をどうするかがあり、私が求められて説明した。

  実は、先日、前橋勢多郡選挙区で当選した5人の自民党県議が集まって弔電の打電の全面廃止を決めた。これは私が提案したもので虚礼廃止と政治改革を目的としたものである。

  これまで、特別関係のない政治家からの弔電が寄せられることに批判が出ていた。心が現れていない、葬儀の場を政治に利用するという見方をされても仕方がなかったと思う。これまでも、特別のところだけにしようという意見が出ていたが、ズルズルと範囲が広がって競って打つようになった。そこで、例外なく弔電は打たない、打ったらペナルティを課すと私たちは決定した。この決定は同時に、無駄な経費を節約することで政治改革に資することが出来るという考えに基づいていた。

  私が記者会見をして新聞に出たこともあって、県議の弔電廃止は反響を呼んだ。私の知る限り、人々は良いことだと賛成してくれた。このことが、他の県議の耳にも伝わっていたと思われる。そこで伊香保の会議で議題となったわけであるが、賛成意見が次々に出て、全会一致で、弔電廃止が決まったのである。

◆今月22日は、ペルーのリマにおけるゲリラの占拠事件から10年目になる。いくつかの新聞が取り上げていた。実は、この事件は、私にとって忘れ難い出来事とつながっている。革命組織MRTAによる占拠は126日間続いたが、その数ヶ月前に私達県議団はリマを訪ね、占拠された大使公邸で青木大使にも会ったのである。移民の子のフジモリがアンデスの人々に支持されて大統領になった経緯は、ロマンを掻き立てるものであった。期待したフジモリは失脚し私を失望させる結果となったが、南米の移民の歴史の流れは、私たちに力を与えてくれる。明日の「日記」では、この占拠事件とフジモリの事を書きたいと思う。

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