« 『上州の山河と共に』連載58回「出馬を決意」 | トップページ | シベリアのサムライたち »

2007年3月11日 (日)

『上州の山河と共に』連載59回「出馬を決意」

S氏は約束を守り、その後、私の運動が展開してゆくなかで、時々、重要なアドバイスをしてくれたし、又、自分の人脈の中で、信頼できる人を次々と紹介してくれた。

 S氏の助言で、特に印象に残っていることがある。それは、地元、芳賀で後援会がなかなかできないという私の悩みに対するものだった。S氏の考えは、地元は、時期が来れば必ずそれなりにまとまりができる。周辺に支援者を増やしてゆけば、それが地元に良い影響を及ぼしてゆくだろうというものであった。そして、その後の展開は、大筋として、彼の言った通りになっていった。S氏との間に培われた友情は、今でも変わることがない。

 S氏のように、他の政治家との繋がりを気にして、表に出たがらない人が意外に多いことに初めは驚いたが、考えてみれば、既に秩序ができているところに、新人が割り込んでゆくのであるから、これは当たり前のことであった。

 S氏のように、名乗り出てくれて、私と直接の関係を持ってくれる人は、その後も、徐々に増えていった。私は、戦いの時までには、まだ時間がある。今は、点を重視した作戦を続けていこう、いつかはそれが線となり、さらに面となる時期が来るだろうと考え、少しずつ現われる運動の効果に励まされながら、足で稼ぐ作戦を続けていった。

 福島浩、芝基紘そして町田氏とは、一ヶ月に一回位会って、私の運動の状況を聞いてもらい、また、お互いの情報交換をしていた。

 私が運動を開始して三ヶ月程の時点で、彼らに報告した感想は次のようなものであった。前橋市を地域別に見ると、現職の県議のいる農村部は中々入り込めない。このような地域は、親戚関係や同窓生の関係など特別なルートを頼らないとつながりが作れない。これに対して市街地や進行住宅地は、ほとんどが固まっていないと言ってよい状態である。そして、年齢の関係では、30年代半ば位までは、圧倒的に無関心層であり、投票所へ行ったこともない人が非常に多い。また、作戦の面では、現職と四つに組んで同じような戦い方をしたのでは勝ち目がなく、従来の政治家が対象にしなかった、あるいは、対象にできなかったと言うべきかもしれない層に直接働きかけることが非常に有効である。だから、現在、私がこつこつと直接に尋ねて歩いていることは、的を得た作戦だと思う。これは、小さな種を蒔いて歩いているようなもので、きっと芽が出るに違いない。ざっと以上のようなことであった。

それにしても、そろそろ支援者が会合を持てる拠点が必要だということになり、手分けしてプレハブの古いやつをやっと見つけ、私の家の近くの空き地を借りて、みすぼらしい、小さな後援会事務所が建てられることになった。

 後援事務所ができてみると、新たな感慨が湧いてくる。それは、ちっぽけで、みすぼらしいながら、一つの城であった。私は、事務所の窓から前橋を見下ろして、少年の頃親しんだ太閤記や三国志の世界を思い浮かべていた。よし、孫子の兵法で、一つ、あの市街地へ攻め込んでゆこう。私の心は、少年のように熱く燃えるのであった。

 十坪ちょっとのプレハブ小屋ではあるが、そこには、ゼロから出発した私達が会議を開き、知恵を出し合い、そして、秘策を練るにはふさわしい空間であった。

★土・日・祝日は以前からのご要望により『上州の山河と共に』を連載しております。

|

« 『上州の山河と共に』連載58回「出馬を決意」 | トップページ | シベリアのサムライたち »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『上州の山河と共に』連載59回「出馬を決意」:

« 『上州の山河と共に』連載58回「出馬を決意」 | トップページ | シベリアのサムライたち »