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2007年2月17日 (土)

『上州の山河と共に』連載(52)「政治家への道」

 私は、ある時、妻ヒサ子の休暇を利用して、彼女と共に北海道の友人家勅男を訪ねることにした。妻と旅行するのは始めてのことであり、県議選に関することを夫婦の間でじっくりと話し合う良い機会でもあった。

 家久勅男は、学習塾をしながら医学部に通い、既にインターン生となっていた。

 彼は、私の話を一通り聞き終わると言った。

「僕は大賛成だ。前にも言った通りだよ。決断のときだ」

「金も、組織も、知名度もないのだ」

「そういうところから出ることに意義がある」

「しかし、現実は厳しい」

「選挙の度に思うことだが、有権者の大半は、無関心、投票所へ行くのも半分がいいところだ。この現実を君はどう思うんだ。政治に対する信頼がなくなっているんだ。これでは、民主政治といっても、形だけだよ」

 家久は数年前と同じことを熱っぽく話す。彼の言うことは、もっともなことで、私の考えていることと全く同じだった。

 私がうなずくのを見て、彼は続ける。

「選挙に行かない人には、批判的な意味をこめていかない人と、政治にまったく無関心な人がいると思う。こういう人達に訴えてわかってもらうには、従来のタイプの政治家では駄目だ。一般市民の中から出て行って、一緒に教育や福祉やまちづくりを考えてゆくという政治姿勢が必要だ。大衆は、今、そういうタイプの政治家を求めているはずだ。

 君、やれよ。大いに意義のあることではないか。君なら地でゆけばいい。誠実に、分り易い言葉で訴えれば、きっと分かってもらえる。票はきっと集まると思う」

 家久の言うことは、彼の持論であって、耳新しいことではない。しかし、この時改めて彼の言葉を聞くと、大いに勇気づけられ、私は、胸にかかっていたもやが晴れて、胸の奥まですっきりとしてゆくように感じられたのであった。

 今、自分がやろうとしていることは、民主主義の実現にとって大きな意味のあることだ。また、それは、これまで自分が歩んできた人生の様々な体験を全て生かして、社会の為に役立てることが出来る仕事に違いないと思えるのだった。

 私は、自分の気持ちが広がってゆく中で、更に何人かの人に相談してみた。その中の一人に阿部孝夫氏がいた。この人は、前にも触れたが、駒場寮弁論部の先輩で、私が弁論部に入ったのもこの人との出会いがきっかけであったし、その後も何かと相談相手となってもらい、お世話になっている人である。

 阿部氏は福島県の出身の秀才であるが、都会派の秀才とはちょっと違っていて、東北の風土で身につけたと思われる素朴さと芯の強さを持ち、駒場弁論部のリーダー的存在であった。そして、彼は、学生時代からきちんとした自分の考えを持ち、それをどんな所でも筋道を立てて堂々と主張する論客でもあった。東大卒業後は、自治省に入り、その本領を発揮して頑張っていたが、途中から請われて、北陸大学法学部教授に転じ、現在、執筆活動をしながら、教育、文化と多方面にわたる活動をしている。

★土・日、祝日は以前からのご要望により「上州の山河と共に」を連載しております。

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