『上州の山河と共に』連載(54)「出馬を決意」
やがて、苦心の末、パンフレットが出来た。パンフレットの一頁は、恩師、元東大総長林健太郎先生と私が握手しているカラー写真で埋められた。
林先生は、東大総長の任を果たされた後、退官し、この時は、参議院議員をされておられたが、私が県議選に出馬することに賛成しパンフレットに写真を載せることも快諾して下さった。私は、恩師の温かい心に感激し、百万の味方を得たような力強さを感じたのであった。同時に、先生の御恩に報いる為に、どうしても当選を果たし、立派な県会議員にならなければならないと心に誓った。
実際に行動を起こす段になると、太平洋に小舟で漕ぎ出すような不安な気持ちになる。そこで、今は一人でも、これから同志や仲間がだんだん増えてゆくのだと自分に言い聞かせながら、作業を進めていった。
私は、資料の収集にとりかかった。
前橋高校定時制の同窓会名簿、小学校、中学校時代の学年名簿、中村塾の卒業生や父母たちの名簿、妻の教え子達の名簿、そして、私が昔ダンゴやせんべいを売って歩いていた時のお得意さんのリストなど、自分と関係のある人々の資料を可能な限り集め、整理することから始めた。そして、同時に、これらの資料からピックアップした一人一人を実際に訪問して会ってみることにした。
これから県会議員になって、県政にたずさわろうと考えているので、御理解、御支援をお願いしたい、と言って他人の家を訪ねることは、大変勇気の要ることであった。特に、面識のない人の場合は緊張した。最初の家の玄関を入るとき、私は、足がすくむ思いで、その家の前を何度か行ったり、来たりした後、意を決してブザーを押した。
「突然お邪魔致しまして、中村というものです」
「はあ、何の御用でしょうか」
奥さんは、怪訝そうな顔をして私を見上げている。
「県会議員になって、良いふるさとを創るために頑張りたいのです」
「はあ、そうですか」
奥さんは、まだ不思議そうな表情をしている。
「ここに、私のパンフレットがあります。あとで良く御覧になって下さい。宜しくお願いします。どうも失礼しました」
丁寧に頭を下げて外に出た私は、ふーっとため息をついた。この先どうなってゆくのだろう。心細さでいっぱいになった。しかし、もう後へ引くことは出来ない。でも、辛抱すれば、そのうちきっと何か道が開けるに違いない。私はこう考えて、一軒一軒同じような行動を続けていった。
この時点で、強力な理解者、そして支援者が現れた。それは、笠原始郎、久子夫妻である。
☆土・日・祝日は以前からのご要望により『上州の山河と共に』を連載しております。
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