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2007年2月12日 (月)

『上州の山河と共に』連載(51) 「政治家への道」

 そして、東大卒業後は、再び故郷に帰り、実社会の現実と接することになったが、ここで出会ういろいろな社会問題を、かつての少年時代とは違った視点で受け止められるということは、私にとっては新鮮な驚きであった。しかし、それらに対して何も行動することが出来ず、傍観者でいる自分が不甲斐なくも思えるのであった。
 塾で生徒を教えながら、日本の教育はこれで良いのだろうか、これからの教育はどういう方向に動いてゆくのだろうかと、いつも悩んでいた。
 この頃の子供達は、私たちの子どもの頃とあまりにも違う。ひ弱で逞しさがないのは、高度に発達した文明社会の子どもとしてある程度止むを得ないのかも知れないが、彼らの精神は貧しすぎるような気がする。あまりにも自分中心で、他に対する配慮や思いやりに欠ける子供が多い。
 この子供達は、知識を詰め込んで、他人を押しのけて、偏差値を上げて、少しでも良い学校へ進もうとしている。彼らの行く手には、どんな人生が待ち受けているのだろうか。
 これからの日本を、この子等は支えてゆけるのだろうか。この子供たちを育てている父母達は、年老いた時、彼らに何を期待できるのだろうか。
 教育の目的、あるいは教育観というものを考え直す時が来ている。今の教育は、受験戦争という言葉が象徴的に表すように、受験のための知識の詰め込み競争を目的としている感がある。つまり、生徒本人はもとより、学校や家庭までも、偏差値を上げることが、あたかも教育の目的であるかのように、このことに夢中になっている。
 このような教育環境の中で育てられた子供達には、この難しい社会を自分の力で切り開いていく力、又、これからの日本や地域社会を支えていく力を期待することは出来ない。
 このような教育の現状と比べると、私の宮城村での小学生時代の方が、学校も地域社会も家庭も、教育の本来の方向を目指して子供達を指導していたという気がする。偏差値中心の教育を改めて、教育を本来の姿に戻さねばならない。
 しかし、この小さな教室でいくら汗を流しても、又、声を大にして叫んでも、その効果は微々たるものである。時代に即応した教育を実現してゆく為には、もっと大きな立場から一石を投じる行動を始めなければならないだろう。地域の福祉やまちづくりについても、基本的には同じことが言える。
 このように、いろいろなことが目に付き、気にかかりながら、何かをしたくても出来ないという欲求不満が私の中で高まっていたのだった。福島浩の言葉は、このような私の胸の中で小さな芽を出し、それは次第に根を張って、ひとりでに成長してゆくように思えるのだった。
 私は大いに迷い、悩んだ。そして、迷いながらも、選挙に関する書物を読んだり、その関係の情報を集めたりするなかで、私の選挙に対する関心は一層高まっていった。★土・日・祝日は以前からのご要望により「上州の山河と共に」を連載しております。

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