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2007年2月11日 (日)

『上州の山河と共に』連載(50) 「政治家への道」

「県議選へ向けて」

 芳賀とは、旧芳賀村のことで、前橋市に合併した後も、この地域を芳賀と呼んでいる。この地区は、五代、端気、鳥取、勝沢、小神明、嶺、小坂子、金丸、そして高花台の各町から成り立っている。

 私達は、高花台2丁目のある家が転勤の都合で空くというので、一年程そこを借りて住み、その後鳥取町に移り、現在に至っている。

 芳賀は、赤城のなだらかな裾野に置かれた美しい里である。無数の変化に富んだ起伏があり、それを縫うように小道が走り、小川が流れる。小高い丘に登れば、前橋の市街が眼下にあり、その先は、関東平野がはるかなもやの中に海のように広がり、その上には、秩父の山々が幾重にも稜線を重ねて連なっている。そして振り向けば、赤城山が山肌の岩まで見える程に近く、大きく迫って見える。

 この赤城山の懐で、私は少年時代を過ごしたのだ。その場所は、ここからそう遠くないところに広がっている。そう思うと、私は、芳賀が一層好きになった。

 芳賀は、私が人生の新しい方向を求めて思索を練るにふさわしい場所であり、また、私たち家族が人生の再スタートを切るには誠に理想的な環境であると思われた。

 芳賀へ移って何年かが過ぎ、私達の生活もすっかり落ち着いて、ゆりは高校生となっていた。そして、我が家の構成員は一人増えて賑やかになっていた。それは、長男周平が生まれていたからである。

 そんなある日のこと、福島浩が会いたいと言う。会うと、彼はいきなり言った。

「中村、県議選に出てみないか」

 突然の、意外な言葉に、一瞬私は面食らった。

「やり方によっては、勝機はある」

 福島浩は、私の目を覗き込むようにして話し始めた。それは、県議会の情勢、そして、前橋の県会議員の状況などについてであった。

 それは、私にとって、全く未知の世界の話であった。福島浩の話に耳を傾けながら、私は、かつて、東大時代の友人家久勅男が北海道から出向いて来て、政治家になれとすすめた時の話を思い出していた。

 これは、即答できるような性質の問題ではなかった。しかし、福島浩の話は、私の心に大きな波紋を投げかけることになった。

 政治、それは、私が物心ついてからいつも頭を離れない課題であった。定時制高校の時代は、貧しさの中にあって、世の中の不平等に不満を抱きつつ、その環境から抜け出したいと喘ぎながら、この貧しさや不平等は政治と密接に関わっているに違いないと、素朴な憤りを抱いていた。

 また、東大時代は、そこで学んだ歴史の知識や政治の理念と結びつけて、自分の過去の体験や日々の政治的出来事を真剣に、そして純粋に考えていた。

★土・日・祝日は以前からのご要望により「上州の山河と共に」を連載しております。

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