« 『上州の山河と共に』連載47回 「大崎ヒサ子との出会い」 | トップページ | 「体罰の意味、教室は変わるか」 »

2007年2月 4日 (日)

『上州の山河とともに』連載(48)「大崎ヒサ子との出会い」

 中村塾の生徒は、大部分が桂萱中から来ているが、もしかしたら、うちに来ている生徒達は、この先生に教えられているのかもしれないと、すぐに思った。実は、そのとおりであって、後にいろいろなことが分かってくる。

 私は一枚の写真に見入っていた。理知的な目とかすかに笑みををたたえた口許は、やさしい中にもきりっとした新鮮な雰囲気をつくっている。

 私は、それをじっと見ていて、はっとひらめくものがあった。宮城村の出身、腕の包帯この風貌・・・・・あの女の子がこんなに立派に成長したのだろうか。私は、宮城村時代のはるかな思い出に記憶をさかのぼらせていた。

 前にも触れたが、宮城村の小学校に通う途中でよく見かける少女がいた、目がぱっちりとして利発そうなだけに、ぐるぐると手に巻いた白い包帯が痛々しく目に付いた記憶がある。宮城村を離れて以来、長いこと思い出すこともなかったが、今、目の前の写真をみてると、あの少女の姿が長い時のトンネルを越えてあざやかによみがえって来るのだった。私は、不思議な思いにかられて写真を眺めていた。

 母の話によれば、母から私の写真と身上書を受け取った銀行員は、それを銀行内のいろいろな人に見せたらしい。それがどうゆう経路を辿り、どういうふうに話が進んだのか分からないが、大崎ヒサ子の写真が私のところへ届くことになったとのことであった。

 その後間もなくわかったところによれば、私の写真と身上書は、東和銀行に勤務していた笠原始郎氏の手からその奥さんの笠原久子さんの元に届き、その友人として笠原家に出入していた大崎ヒサ子に話が伝わったということであった。

 私は、福島浩に、この人のことをそっと聞いてみた。彼は、私が宮城村を離れた後も、ずっと宮城村に住んでいたから、宮城村のことは何でも知っていた。彼の話によれば、この女性は、やはり私が昔見かけた少女であり、手の包帯は、三歳の時囲炉裏に落ちて火傷をしたのだという。そして、この人の父親大崎茂氏は、宮城村役場で長く収入役を勤めた人物で、村でも人望のある人だという。

 私は、再婚ということとは別に、この大崎ヒサ子という女性に興味を持った。そういう気持ちで振り返ってみると、今迄も、時々、塾の生徒の間でこの人のことらしい話題が交わされていたことに気付くのであった。

 学校と塾との間には、一種の対抗意識のようなものがあるから、生徒が学校の先生について話していることには自然と注意が向く。生徒たちが時々話題にしているのは、英語の女性教師のことであり、そして、めったに先生のことをよく言わない彼らが、大変好意を持って話しているという点が私の注意をひいていた。彼らの多くは、小学生の時は、亡き妻が可愛がっていた子ども達だったことを考えると、何か不思議な気もするのだった。

 ゆりに話すと、しばらく写真を見ていたが、

「お母さんにちょっと似ているみたい。お父さん、会ってみたら」

ゆりは、真面目な顔で言うのだった。

★土・日・祝日は以前からのご要望により「上州の山河と共に」を連載しております。

|

« 『上州の山河と共に』連載47回 「大崎ヒサ子との出会い」 | トップページ | 「体罰の意味、教室は変わるか」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『上州の山河とともに』連載(48)「大崎ヒサ子との出会い」:

« 『上州の山河と共に』連載47回 「大崎ヒサ子との出会い」 | トップページ | 「体罰の意味、教室は変わるか」 »