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2007年1月14日 (日)

『上州の山河と共に』中村のりお著 連載(42)「再入院・別れ」

 入院した夜は、大声で泣き叫びたい感情や物を投げつけたり、誰かに掴みかかりたいような狂おしい感情があったに違いない。しかし、今、彼女の目のそのような感情の色は、次第に薄れてゆくように思われるのであった。

 妻は、そっと手を伸ばして、枕元の十字架を手に取った。それは、神父から贈られた金属製の小さな十字架であった。彼女は、その感触を確かめるように十字架の上に手を乗せている。

 長いことそうしていた後で、妻は、何かを決意したような目を私に向けて言った。

「あなた、明日、ゆりに会わせて下さい。明日、どうしても、ゆりに会います」

それは、自分自身に言い聞かせているように聞こえた。

「あの子は、私の死後、どんな娘に育ってゆくのでしょう。どんなきれいな花嫁になってどんな人と結婚するのでしょう。ああ、それが見たい。お産の時は、手伝ってやりたかった。しかし、どれもこれも、もう無理なことなのですね。私の哀れな姿を見せるのは辛いのですが、自分で自分の気持を伝えることが出来るうちに会わなければなりません」

 妻は思い詰めた表情で言った。

 一夜が明けた。その日は、ゆりが病院にやって来る日であった。妻は、朝から落ち着かないようである。時々、遠くを見るように窓に向けて視線を投げかけているかと思うと、目を閉じて両手で顔を被ったりしている。

 妻の胸には、ゆりと過ごした日々のいろいろな思い出が去来しているに違いない。

 そう思うと、私の胸にも懐かしい一コマ一コマが浮かぶ。ゆりが生まれて初めて見せた笑顔、よちよちと歩き出した時の姿、幼稚園での出来ごと、入学式、遠足、そして、親子揃ってのハイキングなど。

 妻も、同じ場面を追っているに違いない。

 しかし、妻は、これらの思い出と永遠に別れを告げなければならない。その心情を思うと胸が痛むのだった。

 午後になると、妻は髪を整え、口紅をひいたりして、ゆりとの対面に備えていた。

 私は、もはやその時が来たと考え、ゆりに母は癌であったことを話した。

 ゆりは、承知していたようであった。

「だって、初めにお腹を切る時から、お父さんも、お母さんも何だか変だから、もしかすると、と思っていたの。そして、今度、又、入院でしょう。心配していたの」

 私は深くため息をついた。苦しんでいたのは、私たちだけでなかった。ゆりまで、小さな胸を痛めていたのだ。

「お母さんは、必死で頑張っている。今一番大変な時なのだよ。でも、お母さんには、神様がついているから大丈夫、ゆりが会って力づけておくれ」

「お母さんは、本当に大丈夫なの」

ゆりは、私の目を探るようにのぞきこんで言う。

「うん。神様がついているんだ。死んだりするものか」

 ゆりは、安心してうなずく。

 私たち親子は病室に入った。

 ゆりは、目が凹み、頬骨が出て、血の気のない母の顔を見て、一瞬顔色を変えた。

「ゆりちゃん、母さん大丈夫よ。心配しないでね」

★土・日・祝日は以前からのご要望により「上州の山河と共に」を連載しております。

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