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2006年12月31日 (日)

『上州の山河と共に』中村のりお著 連載(35)「妻の発病」

家久君に言われるまでもなく、私自身人生の一つの転機に来たことを感じ、新しい方向を探ることに真剣になっていた。

 自分の特性を生かし、自由に飛び回りながら社会的に意義のある仕事をと考えて弁護士を目指したのであったが、家庭をいつまでも犠牲にすることは忍び難いことであった。

 妻千鶴子は、小学生の勉強を見ることにすっかり慣れ、自信をつけている様子であった。そして、子供達に囲まれている時の生き生きとした彼女の笑顔を見ると、子供達と交わり、彼らに慕われることに大きな喜びを見出していることが良く分かるのであった。

そんな彼女が、ある意味では、私以上に心の重荷として引きずっているのが司法試験であった。いつまでも二兎を追うことは出来ない。子供達に囲まれた彼女の少女の様な屈託のない笑顔を見て、私はそう思った。

こんなことを考えながら高校受験の指導に当たっていたある年の秋のことであった。

妻は体調をくずし、苦痛を訴えるようになった。食欲がなく、下痢がいつまでも続くのである。初めは、またいつものことかと思った。彼女は、もともと丈夫な方ではない。女学校時代は、体操の授業は満足に出られなかったらしく、自分は三十歳まで生きられれば、と悲観的に考えていた時期もあったと聞く。そんな風であるから、生と死について考え悩むことも多かったのであろう。彼女の娘時代の話を聞いて、私は彼女がクリスチャンになった背景が少し理解できたように思えたのであった。

しかし、今度の下痢は、いつものと違っていた。しきりに疲労を訴えるし、衰弱もひどい。かかりつけの医師はかぜと診断しているというが、本当だろうか。私は次第に不安になって、ある日、妻に尋ねた。

「他に悪いところがあるのではないか。どうも、いつもの風邪とは違うような気がする」

「そんなことはないと思うわ。胃についてはレントゲンを撮って調べたし」

妻はこう言うが、その言葉には力がない。私と話しているうちに、妻は次第に不安にかられていくようであった。とにかく、私はすぐに別の病院で診察させることにした。

結果は、胃癌ということであった。胃の幽門部に握り拳ほどの癌が出来ており、切除出来るかどうかは、切ってみなくては分からないと言う。

これを聞いた時、私は足元の大地が崩れ落ちるように感じた。妻と過ごしてきた過去の日のことが次々と頭に浮かぶ。

<まだ、絶望と決まったわけではない。今は、事実を直視して、妻を助ける為に最善を尽くす他はない>私は自分に言い聞かせた。

妻は、医師から、かなり進んだ胃潰瘍で、早く切らなければならないと説明されていた。

私は、自分が癌であると知って死期を早めてしまう例が多いことを聞いていたので、妻には、絶対に事実を知らせてはならない、と考えていた。(12日に続きます)

★土・日・祝日は以前からご要望の寄せられていた「上州の山河と共に」を連載しております。

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