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2006年12月24日 (日)

『上州の山河と共に』中村のりお著 連載(34)「中村塾の誕生」

一つのことにこだわらずに自由に生きるということは、誰もが理想とする素晴らしいことだが、その実現は難しい。その生き方を実践している彼の言葉には重みがあるが、蛸壺にはまったような心境の私の耳には複雑に響く。

「俺も悩んでいるのだが、何をしたらよいのか」

頷きながら、私の目を見つめていた彼は、きっぱりと言った。

「政治家になってみてはどうか」

「えっ、そう簡単にいうが、選挙は大変なことだと聞いている。地盤、カバン、看板が必要だというではないか。これらのどれも持っていない俺たち一般市民の入っていける世界ではないよ」

「そこなんだよ、君」

彼はわかっていないな、という表情でニヤッと笑った。

「選挙は、民主主義を実現する為の一番大切な手続きではないか。この大切である筈の選挙が、現実はどうなっているのか。君が言うように、一般市民が入っていけない世界で行われている。一般市民が選挙でも中心になるべきなのに、実際は、選挙のブローカーとか、選挙のプロのような連中が中心となってやっている。一般の市民は入っていけないから、そっぽを向いている。彼らは、選挙は物好きで金のある候補者を中心としたくだらないお祭りだと見ている。だから、政治家を尊敬する若者などいなくなってきているんだ」

彼は、憤慨したように言った。

家久君の言葉には、次第に熱が入ってきた。私は、地域の選挙の時、<地元の○○です。どうか男にして下さい>と絶叫しながら候補者カーが通る度に、塾生がドッと笑う光景を思い出していた。彼の熱弁は続く。

「民主主義は、これで良いのか。駄目になってしまう。一般市民は、そっぽを向いているから、投票率も悪い、地方の選挙だって、大騒ぎをして、50%か60%じゃないか。そこでだ」

彼は一息ついて、ここからが本論とばかりに身を乗り出して話を続ける。

「この政治に無関心な層、そして、政治を批判的に見ていて投票所に行かない人達に訴える方法を考えるべきだよ。それには、今までの方法では駄目だ。金のある奴は、金を使うから駄目。組織を持っている人も、組織に頼って新しい戦術はとれない。金も無い、庶民そのもの、そして、行動力のある君こそ、理想的だと俺は思うんだ。それに、君の少年時代の貧しい生活や夜間高校での苦学の体験、これは貴重だよ。その上にだ、歴史と法律という学問は、これから政治をやる者には、とても必要なんだ、君には、新しい選挙をやるには一番条件がそろっているではないか。あとは、君の勇気と決断だけだ。形だけになりつつある民主主義を立て直すのだ。そして、これは、21世紀の新しい扉を開く仕事だよ、やりがいがあるぜ、どうだい、上州の山河に風雲を起こせよ。これは、ずっと考えていたことなのだ。今日は、これを言うために、北海道から出てきたんだ」

家久君の目は輝いていた。東大の寮で、よく議論をしたあの若い頃のように。

私は、彼の話を素晴らしいと思って聞いていたが、それはまだ、現実的なものとは思えないのであった。家久君は、その後、医大を卒業し、故郷の福井県に帰り、現在、福井大学の助教授となっている。

話はそれるが、ずっと後になって、平成4年のある日、福井県の彼を訪ねた時、彼は、友人達から、市長選に出ろと、しきりに言われていると話していた。それを聞きながら、私は、北海道から私を説得に来た時のあの場面を楽しく思い出していたのだった。

★土・日・祝日は以前からのご要望により「上州の山河と共に」を連載しております。

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