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2006年12月23日 (土)

『上州の山河と共に』中村のりお著 連載(33)「中村塾の誕生」

 さて、卒業の翌年司法試験の第一次に合格した事は前に触れたが、その翌年、今年こそは最後まで行くぞと思い詰めた気持ちで受験したが、今度は、一次試験に不合格という苦杯を舐めることになる。
 司法試験の一次は、毎年五月に行なわれる。全国の受験生は、これに照準を合わせて、数ヶ月前から必死の勉強を始める。皮肉なことに、この時期、私は、三月に行なわれる中学生の高校受験にかなりのエネルギーを割かねばならない。これが終わると、塾の新入生の対応に追われるという有り様であった。

 こんな状態であるから、司法試験の勉強も最後の詰めが出来ない。最後の大切な時に全力を集中することが出来ないのである。このまま塾を続けていたのでは、永久に試験は通らないと思いつつも、自分をとりまく環境をどうすることも出来ず、私は、家族と共に、大きな流れに押し流されるような日々を送っていた。その後も、一次は合格したが、二次はもう少しのところで不合格ということが続いた。
 妻は、足手まといになって悪いといって、彼女も小学生を教えるようになったが、こちらも好評となって、小学部も次第に盛況となってゆく。複雑な心境は募るばかりであった。
 このような不本意な気持で二兎を追いながら、数年があっという間に過ぎ去った。

 出口の無い袋小路に追い込まれた気持でいたある日、あの家久勅男君が突然やってきた。彼のことは前に触れたが、彼は、一度は大企業に就職したが、すぐにそこを飛び出し、法学部の恩師の紹介で、ある官庁の外郭団体の仕事をしばらくしていたことがあり、その頃、一度彼から電話があった。
「今の仕事も飽きた。どこか医学部に入り直して、医者になりたいと思う。」
「君なら入学試験は大丈夫だろうが、なぜまた医者に」
「俺の性格に合っている気がする。それに、自由が得られると思うんだ。でも、医学部の試験は、どこでも東大以上に難しい。運良く入れたら連絡するよ。」
 彼は、学生時代からの自慢の彼女と結婚していたが、この電話から数ヶ月経ったある日、首尾良く北海道旭川の医大に合格し、今、北海道の大自然の中で、また昔の大学時代に戻った気分で勉強していると、うらやましいような電話をよこしていたのであった。 

 その彼が、突然訪ねてきたのであった。 

 大学時代の話、友人の消息などにしばらく花を咲かせた後、家久君は急に真顔になって言った。
「今日は、君に話すことがあって来た。」
 彼の変化に、何事かと私が座り直すと、
「司法試験は、早く切り上げた方がいい。賢いやつは、皆、転換している。人生、一つのことにあまりこだわらない方がいいと思うよ。君の場合、変なところでつっかええているのはもったいないよ。」


 彼の言葉は、痛いように胸に響く。私が一番悩んでいることであり、彼の言うことは、いちいちよく分かるのである。中学生の受験期が近づき、それと重なるように私の試験勉強が激しくなるころ、妻は必ず胃痛を訴える。そんな妻の姿を思い浮かべながら、私は黙って聞いていた。(明日の日曜日に続きます)
★土・日・祝日は以前からのご要望により、「上州の山河と共に」を連載しております。

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