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2006年11月 5日 (日)

『上州の山河と共に』中村のりお著 連載(19)「東大受験を決意」

連載(19)「東大受験を決意」

ある教師がこんなことを話したことがあった。それは、夜間部で一番の者も、昼間に行けばビリだろうというのである。前高のレベルの高さを言いたかったのであろうが、複雑な心理を抱く私達の前でこのようなことを言う教師の心を、私は理解できなかった。よし、それなら見ていろ、と私の心は逆に燃えるのであった。

父との確執、仕事と勉強を両立させる悩みなどいろいろ抱えながら、いよいよ東大の受験を迎えることになった。文科1類に願書を提出、一次試験は3月の初めで科目は英、数、国の三科目であった。

試験の前日の朝、ダンゴの仕事を早めに終えて上京し、浅草山谷の簡易旅館に泊まる。ある程度話に聞いていたので驚かなかったが、おそらく、あれが一生に一度の体験になるだろう。下駄箱はなく、靴は自分で持って枕元へ置くのである。薄暗い部屋には、畳一畳を入れた木の枠が壁に沿ってぐるりと作られ、そこに薄い蒲団が敷いてある。木の枠は二段になっていて、上に登る小さな梯子が付いていた。

学生服を着た客は珍しいらしく、兄さんはどうしてここへ泊まるのかと土木作業員風のおじさんたちが訊く。明日、東大の試験を受けに行くのだと答えると、驚いている風であった。

風呂はタイルの張られないザラザラのコンクリートの浴槽で、おじさんと一緒に並んで入り、一日の汗を流した。

ベッドに戻ると一斉に電気を消され、あとは廊下から漏れる薄明かりの中で、何人かがぼそぼそと話をしていたが、昼間の疲れの為か間もなく皆静かになった。明日のことを思うと、心がときめくが、私も間もなく眠りにおちた。次ぐ朝、宿を出る時、同室のおじさん達が、兄さん頑張ってな、といってくれたのがとても嬉しかった。

試験の会場は本郷である。広い構内を全国から集まった受験生が埋めていた。誰の目にも緊張感がみなぎり、構内は興奮が高まっていた。私は、三四郎池の木陰に腰を下ろし、定時制での勉強やダンゴ売りのことなどを思い浮かべながら、とうとうここまで来たという感慨に浸っていた。

英語は長い文章で、その中に空欄の括弧がいっぱいあって、そこを適当な語で埋める問題が中心であった。国語は、誰か女流作家の随筆が出て、わりかし楽に中味に入り込むことができたという感じであった。(次回は11月11日(土)に掲載予定です)

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