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2006年11月17日 (金)

「警察への不信、これも社会崩壊の象徴か」

現職の警察官が郵便局強盗容疑で逮捕された。他の二件の郵便局強盗も自分がやったと認めている。県内で起きた事件だけに私たちの衝撃は一層大きい。しかし、私たちが恐れることは、警察官への不信故に警察力が低下することだ。「警察官は信用できない」、「警察に協力するのは馬鹿らしい」、「警察官だって悪いことをやっている」こんな巷の声が聞こえてくるようだ。

 群馬県では、犯罪防止推進条例が出来、治安に対する民間の協力が進み、官と民が力を合わせた結果、犯罪認知件数が大きく減ったといわれている。しかし、犯罪の発生率そのものは、依然として多いのである。だから、今後の課題は、犯罪の発生数そのものを減少させて良好な治安を確立させなければならないことであり、そのカギは警察官に対する信頼の回復である。これらの事が叫ばれている重要な時に警察官の不祥事が続くのは誠に残念である。

 警察官も人の子、現実の社会の流れの中で生きている。おかしくなっている社会の影響を受けるのは無理もないとも言える。連続郵便局強盗で逮捕された警察官は、消費者金融などから多額の借金をしている「多重債務者」だった。また、聞くところによれば、地域の評判もよく、警察官としても優秀であったという。

 なぜ、このような普通の警察官が、いくら多額の借金とはいえ、その解決策に、こともあろうに強盗を選んだのか不思議でならない。群馬県警は、この警察官が埼玉県警の者だったことにほっとしている一面があるかも知れないが、それは間違いだと思う。人々は、全ての警察官を評価する材料としてこの事件を見るからである。また、今日の複雑で、道徳的に退廃した社会で育ってきた人間として警察官をとらえるなら、警察官の不祥事は常に発生の可能性があるものとして対策を考えねばならないのではないか。今回の事件を警察官問題に対する警鐘として受け止めるべきだ。

◆警察と同様、教育の世界も大変である。学力低下が叫ばれていたが、今はそれどころではない。「必修漏れ」が嵐のように全国の教育界を揺さぶり、これに追い討ちをかけるように、「いじめ」と「自殺」の問題が暴風のように吹き荒れている。私は、地方の「教育」が、見識と決意と実行力を試されている時だと思う。

 学校の現場は、何か問題が起きると、マスコミを恐れ、体面を気にして、狼狽(ろうばい)し、混乱してしまう。だから、教育委員会の役割は、指針を明確に示し、現場が拠所(よりどころ)とするものをはっきりと掲げることである。自己中心的で、何かというと教師にいちゃもんをつけるような父母が多い。「いじめ」や生徒の「自殺」は乱れた社会の反映である。教師が萎縮していては、何も解決出来ない。教委の形骸化も指摘される今日、教委は、現場の教師を厳しく、そして温かく支援して欲しい。

(治安と教育が健全化することを願って。読者に感謝)

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