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2006年11月26日 (日)

『上州の山河と共に』中村のりお著 連載(26)「本郷での生活」「割田千鶴子と結婚」

「本郷での生活」

 いろいろの思い出のある駒場時代を終えて、私は本郷へ移り、西洋史を専攻することになる。しかし、ほぼこれと同じくして、学園は、新たに騒然とした空気に包まれてゆく。

 本郷の生活は、向ヶ岡寮で始まった。文京区弥生町の向ヶ岡寮は、東大農学部の北に接して置かれている古い木造の建物である。ここは、駒場寮とは違って、畳の部屋に2人ずつ入る仕組みであった。私は、前記の家久勅男君と共同生活することになった。

 西洋史の研究室は、東大の正門を入ると、正面の安田講堂に向かって、右側に位置する法文系の大きな建物の一画にあった。

 研究室で顔を合わせる先生方には、村川堅太郎、林健太郎、堀米庸三等、教科書やいろいろな書物で馴染みの教授がおられた。駒場の時は、ゼミの場を別とすれば、教師との間には距離があり、個人的に言葉を交わす機会などなかったが、本郷では、ゼミ、小グループの授業、あるいは研究室で、教師と直接に接することが日常の事であるのが特色であった。

 林健太郎先生とは、今でも毎年お会いするが、当時の先生は、端正な顔、冷静な表情の中に、強いエネルギーを秘めておられるような御様子であった。本格的な歴史の学問ができると思うと私の胸は高なるのだった。

 私は、小さいときから歴史が好きであったが東大に入り、駒場時代、鳥海靖、笠原一男、あるいは中屋健一などの講義を聞き、歴史への関心は一層高まった。また、仲間との読書会で精読したEH・カーの「歴史とは何か」からは、自分が知らなかった歴史の見方、考え方、あるいは、歴史の役割というようなものを教えられ、目が醒める思いであった。

 そして、歴史を勉強する中で、近代日本が西洋からの大きな影響力の下で生まれたこと、ギリシャやローマなどから流れ続ける西洋文明の大きな流れの中に、我々の現代文明が置かれていることを、折に触れ考えるにつけ、日本の歴史をより深く理解し、日本の現実と将来を考える為にも、西洋史を勉強することが必要と思い、私は西洋史学科に進んだのであった。

「割田千鶴子と結婚」

 本郷に移った年の秋、人生の一大事を経験する。私は、割田千鶴子という女性と結婚した。彼女は、群馬県警察学校長や渋川警察署長をした警察官割田幸蔵氏の長女で、大学に入った年にふとしたことがきっかけで知り合い、交際するようになった。彼女は敬虔なクリスチャンで、文学を好む理想家肌のタイプであった。やや病弱で、ほっそりしていたが、芯は相当に強い女性であった。(次回は12月2日(土)に掲載予定です)

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