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2006年10月22日 (日)

『上州の山河と共に』中村のりお著 連載(14)「前橋高校定時制」

連載14回「前橋高校定時制」

2年生になる頃、平田宏という男と親しくなった。彼は、昼は三共電機(今のサンデン)で働きながら、伊勢崎から夜学に通っていた。

彼は、勉強家であるとともに理論家であった。私の知らない世界のことを実によく知っている。それは、主に、社会主義や資本主義、そして哲学のことであった。彼は柳田謙十郎の本を何冊か私に紹介したりした。

学校の帰り、彼が前橋駅で伊勢崎行きの電車を待つ間、社会のこと、政治のこと、あるいは、人生のことなど、星空の下で熱心に議論することがよくあった。

人生とは何か、何を目的として生きるべきなのか、社会の矛盾をどう考えるか、政治とは何か、彼は、何も知らない私に、このようなことについて熱っぽく話した。難しい言葉を駆使して理路整然と話す彼が、私には大変羨ましく思えた。

私は、彼に接するようになってから、政治の問題、社会の問題に強い関心を持つようになった。平田宏によって開かれた目で見ると、自分のまわりは、様々な政治問題、社会問題が渦巻いていた。

昭和33年頃、小松川高校事件というのが起きた。朝鮮人の工員・李という少年が二人の女性を殺した事件である。李という少年が定時制の生徒で、大変貧しい家庭で、しかも、朝鮮人部落という特殊な環境で育ったということ、そしてずば抜けた知能指数を持った少年であるということが、私にはショックであった。(なぜ人を殺す程不良になったのか、環境が悪かったせいではないか、普通の環境で育ったら、あんな人間にはならなかったのではないか、死刑にすべきか、いや、死刑は可愛そうだ・・・・・・)この問題については、平田宏と夢中になって議論をした。

後に、大学で、人格とは、環境の影響を強く受けながらも、主体的に形成してゆくもので、その主体的な面において人は責任を問われる、という理論を読んだとき、真っ先に頭に浮かんだのがこの事件であった。李少年は、結局死刑になった。そして、この事件は、大島渚監督によって映画にもなった。

私はこの少年のことは、新聞から知り得る程度であったが、死刑にするには気の毒だと思った。李事件を材料にして、死刑という制度の是非についても、彼と激論を交わした。 

今から思えば幼稚な議論であったが、<それは、見せしめの為に死刑は必要だ、いや反省している人間を殺してしまうのは、国が人殺しをやるのと同じだ>あるいは、<裁判に間違いがあった時、取り返しがつかないではないか>というような点が中心になったと思う。

この頃、相馬ヶ原演習場で、ジラード事件が起きた。薬きょう拾いをしていた農婦が、米兵、ジラードに<ヘイ・ママサン>とからかい半分に声をかけられ、射殺された事件である。

日本がアメリカと戦って敗れたという事は、分かりすぎる程分かっていた。赤城の山奥で開墾生活をすることになったのも、食べ物がなくて薩摩芋ばかり食べさせられたことも、敗戦の結果であると教えられていた。しかし、既に昭和26年、サンフランシスコ講和条約が結ばれ日本は独立し、その喜びは、当時、小学生だった私たち子どもの胸にも伝わっていた。

従って、米兵ジラードによって日本の農婦が犬のように殺されたということは、余りにも日本を侮辱することと私には思えた。そして、前橋地方裁判所が執行猶予付きという非常に軽い判決を下したことは、裁判所までがアメリカに遠慮して公正を欠く判決を下しているように思えてならなかった。

昭和34年、私は定時制高校3年生になっていた。この年4月、皇太子成婚。妃となる正田美智子さんが群馬の出身ということもあって町中どこへ行ってもこの話題でもちきりであった。

私も、商売をしながら、お得意先のテレビで、華やかな行列と美智子さんの正装の姿を見た。戦後、天皇が人間宣言をされ、皇室が民間に近づいたとはいえ、まだ、私達から見ると雲の上の存在だった。馬車に乗った美智子さんの姿は品があり気高く見えた。そして、天皇家がぐっと近づいて、自分たちの天皇という感じが自然に湧くのを覚えた。

(次回は10月28日(土)に掲載予定です)

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