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2006年10月25日 (水)

前福島県知事の逮捕は多選の弊の表われだ

 実弟が逮捕されたことで既に辞職していた佐藤栄佐久前知事が逮捕された。公共工事にからむ収賄容疑である。5期18年にわたり県政に君臨した男の逮捕から私たちは何を学ぶことが出来るのか。それは、単的にいえば、知事の絶大な権力とそれ故の多選の弊害である。

 強大な権限を持つ知事がからむ腐敗の事件は多い。記憶に新しいのは03年に起きた埼玉県の土屋知事の辞職である。これは、土屋氏の長女が業者から不明朗な資金提供を受けたことが発覚した事件に関するものである。長女は、県人事に介入し、予算の策定にも影響力を及ぼしたとされる。

 これらの他にも、76年から03年までの間に知事が辞職した主なケースは11件ある。そして、この中には逮捕・立件された例も多く含まれている。

 知事が強大な権力を持つのは、選挙によって選ばれるからである。それは、大統領型の権限といわれるが、議院内閣制に基づく内閣総理大臣の選ばれ方を比較すると分り易い。つまり、内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決によって選ばれ、国会に対して責任を負うのである。知事は、県会議員の中から選ばれるのではないし、県会に対して責任を負うわけでもない。このように、選挙によって有権者から選出される仕組みが「大統領型」と呼ばれている制度である。

 知事の権限は余りに大きい。それが何期も続けばますます強大になる。その上に誰よりも政策を知り尽くすことになるから、知事に物が言えない雰囲気が作り出されるのは自然のことである。聖人君子でない限り、人間、強大な権力の座に長くいれば油断も生まれ、権力の濫用に至る危険も生ずる。仮に本人がそうでないにしても回りがそのような状況を作ってしまい、新鮮な空気は流れなくなる。

 宮城県で3期知事を務めた浅野史朗氏は、4戦不出馬を表明した時、「(多選によって)権力は陳腐化する」と言った。「12年同じ事を繰り返し新鮮味が薄れていった」というのだ。これも多選の弊害の一つに違いない。

 知事の多選とは何期を指すのかはっきりしない。その強大な権限を踏まえて考えるなら4期以上というべきだろう。小寺知事は5期を目指すことを表明した。正に多選である。小寺知事は、多選の是非は有権者に判断させると言っている。多選であることは自ら認めているのだ。多選には、様々な弊害が伴う以上出馬するべきではないと思う。「県庁では、知事に何も言うことができない」と、ある県の幹部が私にもらした。ここには、一つの真実が秘められているといえる。

 知事の権限が強大だから、これを監視する立場の県議会の責任は重大である。福島県の今回の事件でも議会は役割を果たせなかったことが批判されている。多選の弊を阻止することは議会の責任でもある。皆さんと共に引き続き考えて行きたい。

(新鮮な県政の実現を願って。読者に感謝)

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11月10日、グリーンドームで、面白い集いがあります。読者の参加を期待しています。

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