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2006年10月19日 (木)

ヒヤリハットは人命の危機だ

 9月議会は終ったが、行財政特別委員会の決算審査は続く。17日の病院会計審査で、私はいくつかの質問をした。ヒヤリハットはこの質問に関係することで、シルクハットの類(たぐい)のことではない。医療に従事する人がヒヤリと危険を意識した瞬間、あるいは、ハッと間違いに気付いて手を引っ込める、とかいうときのヒヤリハットなのだ。

 これが、県立四病院で一年間に2,999件あったと報告された。恐らくこれだけではないだろう。驚くべきことは、これでも全国平均より低いのだという。この中で死亡事故に至ったものが3件あった。これだけのヒヤリハットを、県立病院の医療従事者がどのように受け止めているかが正に問題なのである。

 この日の特別委員会には、県立四病院の医院長が全員出席した。それぞれが所属する病院について語ったが、私はまず、精神病院の院長の発言に注目した。それは、精神病院では、意思に反しても身体を拘束することがあるから、そこでの医療行為は人権、つまり人間の尊厳に関わることだというものである。

 私がここで思ったことは、医療が人間の尊厳に関わるということは、精神病院だけのことではないということである。つまり、ヒヤリハットも同様であるといいたいのだ。ヒヤリハットを軽く見て、日常のやむを得ない些細なことと受け取る傾向があるとするならそれは重大なことである。

 このような流れの中で、私は、医療現場における看護士等に対する教育の大切さにつき質問した。看護士は病院に就職する前に専門の教育機関で教育を受けるが、それとは別に病院という医療の現場で教育をすることが非常に重要ではないか、これが質問の骨子(こつし)である。

 県立病院の院長は、現場教育は十分に行われていないと答えた。また、病院管理者は、自分の経験を振り返りながら、日本の医療教育は間違っていたと思う、現場の教育こそ大事だと、ドイツやイギリスの制度を比較しながら答えていた。

 実は、私の所へ、現場から重大な指摘がいくつか寄せられていたのである。それは、共通に現場の教育不足を訴えていた。とくに、年配の看護士がやめてその補充として途中から参加した看護士に対する教育の不足を強調している。私は、現在の混乱した学校教育の中から看護の道に進む若者の姿を想像する。倫理観や規範意識を教えられていない現代っ子である。看護学校は、主に、理論や一般的な実践を教えるのであろう。現場は生きた応用問題と対決する場である。苦しむ患者、複雑な医療器具、新しい薬品、これらに対して戸惑い、慌て、迷うのは当然だろう。ヒヤリ、ハッと、このようなことが起こるのは不思議ではない。その度に、患者の生命が危険に晒(さら)される。日本一の県立病院は、現場の「人」にかかっている。まったなしのこの重要問題に、すぐにも取りかかるよう、私は強く主張した。

 (日本一の県立病院の現実を願って。読書に感謝)

★土・日・祝日は、以前からのご要望により「上州の山河と共に」を連載しております。

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