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2006年10月 8日 (日)

『上州の山河と共に』中村のりお著 連載(9)「小学生時代」

第9回 「小学生時代」

 私は、この少年時代の読書から得たものが、その後の私の学問の基礎をなしたと思う。学校の勉強から全くといって良い程に背を向けた中学時代も、読書は唯一の楽しみであり、支えであった。後に定時制高校から東大を受験する事になった時、私の支えとなった漠然とした自信は、このような読書の習慣から得たものの蓄積から生まれたものと思われる。
 自分の体験から、私は、小学生の勉強は、国語が一番大切で、国語の範囲の教材を広げることで、社会も歴史も理科もカバーできると考える。
 小学校時代は、6年まで大体級長をしていたが、いたずらも先頭にたってやっていた。4年のときであったか、鹿田先生の時間、近くで火事が発生し、黒煙が空を多い、半鐘がけたたましく打ち鳴らされた。誰かが駆け出すと、男子全員が堰を切ったように教室から飛び出し、苗ヶ島まで火事を見に行ってしまった。後で大変しかられたことはいうまでもない。
 6年の時は、学校の近くのイチゴ畑で、クラスの何人かと一緒にイチゴをとって食べた。この時は、担任は砲丸投げの横沢先生で、お前は級長のくせにと、大きなシャベルのような手で殴られた。あの痛みを今も覚えている。
 6年の夏休みを最後に、私は懐かしい宮城小を去ることになった。この頃、父は無理がたたったせいか、健康を害するようになっていた。もともと、わずかな畑の収入では食べられないので、父は、宮城村と前橋を自転車で往復し、山羊の乳やいろいろな農産物を運んだりしていたが、体が弱くなって、前橋と宮城の間を往復する事が苦しくなったというのが理由であった。
 宮城村の思い出のなかで一つ大切なことがある。それは、学校へ行く途中、鼻毛石の小学校の近くで、よく出会った低学年の女の子のことである。利発そうな、可愛い顔立ちと、左手にぐるぐると巻いた白い包帯が傷々しく印象的であった。言葉を交わしたこともなく、それから長い年月思い出すこともなく過ぎたが、この女の子が現在の妻ヒサ子である。あの女の子が私の妻として選挙を共に戦うことになるとは、誰が想像できようか。宮城村の懐かしさと結びついて、不思議な縁というようなものを感じる。
 明日は宮城を離れるという日、私は福島浩と会った。福島浩は、しょんぼりしている私に、来年からは中学生になるから、みしめて勉強して高校へ行こう、高校でまたいっしょになれるではないかと言った。
 私は自分の将来が不安であった。高校へ行けるであろうか。町の学校はどんな所だろう。こんな思いを胸に私は、きっと遊びにきてくれよ、と彼に頼んだ。仲間と別れて自分だけが日の当たらない道に入りこんでゆくようで淋しくてならなかった。こんな私の気持ちがよく分かっている福島浩は、私をなぐさめ勇気づけようとしていた。私は涙が出そうなのをこらえ、新しい所で、福島達に敗けないように頑張らなければと自分に言い聞かせた。(明日の祝日に続きます)

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