« 一般質問は、三日目で、最後 | トップページ | 『上州の山河と共に』中村のりお著 連載(7)「小学生時代」 »

2006年9月30日 (土)

『上州の山河と共に』中村のりお著 連載(6)「小学生時代」

6回「小学生時代」

 昭和22年、私は、鼻毛石の宮城村小学校に入学する。入学した時の感動は忘れられない。新しく買ってもらったゴム靴を履き、厚手のズックのような布で出来たランドセルを背負って夢中であった。

 しばらく山の中にいて人が恋しいという気持ちがあったのだろう。意味もないのに隣の仲間をつっついたり、相撲をとったり、けんかをしたりの楽しい毎日が始まったのである。

 小学校一年のときの茶色に変色した一枚の写真がある。この写真を見ると、いろいろなものが込み上げ胸が熱くなる。20歳(はたち)を過ぎた娘のゆりが、

「エー、これがお父さん」と素っ頓狂な声を上げる。

「まるでベトナムかアフリカのどこかの国の子どもみたい」ベトナムやアフリカの人々には、おこられるかも知れないが、娘がそんな風に受けとるのも無理はない。女の子は、着物を着て、ひもをしめているような子もいるし、男も粗末な服を着て、泥だらけのジャガ芋のような顔を並べている。あれから40数年が過ぎたわけであるが、この写真は、世界の経済大国となった今日の日本も、戦後は、ここから出発したのだというその原点を示しているともいえる。

 ノートはなく、ランドセルに入るくらいの石板が支給された。国語の教科書の最初は今でも覚えている。

   おはなを かざる、

     みんな いい こ。

     きれいな ことば、

     みんな いい こ。

     なかよし こよし、

     みんな いい こ。

いまは、白髪やしわが増え、相当にすれたりすねたりしている猛者(もさ)たちが、女の先生の口もとをみつめ、「おはなをかざる、みんないいこ」と声を合わせていた姿がしのばれる。

今思えば、前年の昭和21年に新しい憲法が公布され、学校に関することはすべて変わったのであった。

私が使ったのは、この憲法の民主主義の精神に基づいて新しく編集された国定教科書であった。それ迄の小学一年の初めの文には、従来の日本精神を象徴するような、ハタ、サクラ、アサヒ、という言葉が使われていたらしい。また新憲法で、ひらがなが使われたこともあり、国語教科書の最初の文もひらがなとなった。

この「おはなをかざる」の詩を、今、改めて口ずさんでみると、ほのぼのとした明るい社会の息吹のようなものが感じられる。この詩は、新生の民主主義の社会で初めて教育を受けようとする私達の門出を祝うにふさわしいものであったと思われる。(明日の日曜日に続きます)

|

« 一般質問は、三日目で、最後 | トップページ | 『上州の山河と共に』中村のりお著 連載(7)「小学生時代」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『上州の山河と共に』中村のりお著 連載(6)「小学生時代」:

« 一般質問は、三日目で、最後 | トップページ | 『上州の山河と共に』中村のりお著 連載(7)「小学生時代」 »