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2006年9月17日 (日)

『上州の山河と共に』中村のりお著 連載(2)「原点に遡る」

 第2回「原点に遡る」

 福島浩が、<頑張ってくれ>と言い遺した県議選は、平成3年4月に行われる。それは、私にとって3度目の選挙であった。というのは、私は、昭和62年に初出馬し、この時は、10,777票を獲得し、270票の差で敗れたが、幸運にも、その1年後、1議席をめぐる補欠選が行われ、35,000票を得て当選した。そして、平成3年4月は、補選で当選した私の任期が切れ、いよいよ本選が行われることになっていたのである。

 今度の前橋市区の県議選は、選挙突入前から激戦が予想され、また話題が多かった。それは、8議席のところへ、12人の立候補者が予想され,新たな候補予定者には、前橋市議の3人、及び、既に何度か挑戦している元県議がおり、彼らは、いずれも相当の集票能力を持ち当選可能なラインに行けると思われていた。

 その上に世間の関心を集めていたのが、私の当落であった。補欠選で中村に投票した35,000の人々は、それまでは他の人を支持していたのだから、本選挙になって、その人々が立候補すれば、そちらに投票する。だから、中村は当選出来ないだろうという見方が広く流れていた。

 わが陣営は、このうわさに不安を抱きつつ、せっかく苦労の末につかんだ県議の椅子を、わずか3年で失ってなるものかと目の色を変えていたのである。このことを考えれば、過去2回の選挙で、心血を注いで来た福島浩が死の床でなお心にかけていたのも不思議ではない。私は、福島浩の霊に報いる為にもどうしても当選しなければならない、と心に誓っていた。

 すべての支援者が一生懸命に動いてくれたお陰で、結果は、大方の予想を大きく裏切って、12人中、第2位の当選であった。県議選の詳細は、後で触れることにする。

 私は今、2期目の県会議員となって、改めて、県会議員とは何か、その果たすべき役割は何か、そして、自分は何をなすべきかを自らに問うている。

 私は人生の方向を180度転換して全く別の世界に飛び込んだが、その動機は何だったのか。振り返れば、それまでに、時代の流れの中で、体験した様々なこと、そして、その折々に喜び、怒り、悩み、疑問を抱き、あるいは矛盾を感じたこと、更にはこれらすべてのものを基礎にして私の中で芽生えたものが、私を衝き動かしてこの世界に飛び込ませたのである。

また、これらは、現在も、意識するしないに関わらず、私の行動の基礎になっているものと思われる。従って、これ迄の自分の歩みを振り返り見詰め直すことは、自分の現在と将来の行動の指針を探る上で必要不可欠と思われる。

 また、私は、私を支えてくださる県民の皆様と共に歩もうとしているのであるから、皆様により深く私をご理解して頂くためにも、この事は必要なことと思われるのである。そこで、私のこれ迄の歩みをありのまま辿ってみたいと思うのである。(明日の祝日に続く)

★土・日・祝日は以前からご希望が寄せられていた「上州の山河と共に」を連載いたします。バックナンバーはカレンダー下のカテゴリ欄の「上州の山河と共に」にてお読み頂けます。

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