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2006年9月 1日 (金)

世の中おかしくなっている。母殺しを依頼

 今度は、自分の母親を、金を払う約束で友人に依頼して殺させる事件が起きた。私は、自分で直接殺すよりも、心情的には責任が重大だと感じてしまう。母と子は最も深い関係にあるから時には感情が直接ぶつかり合う。しかし、母を殺すという発想が心に浮かぶこと自体が異常なことで信じ難い。精神に異常を来たした者の突発的な出来事ならともかく、容疑者は普通の高校生らしい。

 少年による両親殺害は、未遂も含め、急増し、昨年は17件発生した。次々に信じ難い事件が起きるので記憶にとどめるのが難しいが、忘れがたいのは奈良県の事件だ。医師である父が勉強を厳しく指導したことが原因とされるこの事件では、成績優秀な高校生が自宅に放火して母と弟、妹を殺害した。

 また、最も新しいところでは今月30日、両親を殺害しガス爆発を起こさせた、犯行当時15歳の少年に検察は、懲役15年を求刑した。

 少年の親殺しをどう考えるべきか。人殺しが報じられない日はない。その多くは些細な理由のようだ。これだけ頻繁に殺人事件を見聞きして、少年の心には、人を殺すという行為が暴行や傷害と同列に映るのだろうか。人の命を奪うことは絶対に越えてはならない一線であることを、私たちは子どもの頃、心の底にしっかりと横たえていた。それは言葉で教えられたものではなく生活の中で自然に身についたものだった。

 命の尊さ、命の神秘、これらに対する思いが子どもの心に芽生えていないことは重大だ。これらは人間である以上備えねばならぬ特性だが、人間として生まれたからといって、初めから当然に備わっているものではない。それは、人間として育てられることによって身につく心の特性である。

 人間は社会的存在である。いろいろな人間関係の中で人間としての心が育つ。父母だけでなく、祖父母、兄弟姉妹、隣近所の人、友達等、これらの中で苦しんだり、悲しんだり、感動したりといった刺激の中で人間としての心が育つのだ。

 今日の子どもたちの中には、単純な人間関係の中で育てられる者が多い。それは人間的刺激の少ない箱庭的な環境である。そこでは、野生的要素のない飼育された人間が育てられてしまう。それは人間の心が未成熟なロボット的な人間だ。だから、親と子の関係も普通の人間以上のものではないから親殺しが起きてしまう。

 親殺しが多いことと児童虐待が多いことは無関係ではないだろう。心が未成熟な子どもが親になって子どもに対応する中で児童虐待が起きると考えられるからだ。親殺しと児童虐待は日本の社会が崩れていく不気味な前兆である。何とかしなくてはならない。解決に向けた一つのカギは温かい地域社会の再建だと思う。

(健全な親子関係が育つことを願って。読者に感謝)

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