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2006年8月31日 (木)

消費者金融の法改正に注目しよう

 

全国の多重債務者は、一説に200万人とも言われる。厳しい取立てにあって自殺する人も多い。私が議長の時、このような状況の改善をはかるために、法改正の要望書を国会に提出した。アイフルは違法回収の故に業務停止となった。グレーゾーンでの金利の支払いは実質無効とする最高裁の判決も出た。このような大きな流れに促されるように法改正が大詰めを迎えている。

 最近景気は拡大しているといわれるが、格差も広がっていることを感じる。競争に敗れた人や、厳しい社会の渦に巻き込まれてなす術を知らない人、クモの糸にからめ取られた虫のように奸計に陥ってもがく人など、私の周辺には気の毒な人が多い。昨日も、市営住宅の家賃を長いこと滞納し、支払いのために消費者金融から借りたくても、どこからも貸してもらえないという多重債務者が相談に来た。このような人を無知で軽率と片付けるだけでは済まされない大きな社会問題となっていることを感じる。

 業者は「グレーゾーン」で大きな利益を上げてきた。法改正は、このゾーンを廃止する。白と黒の間の灰色(グレー)とは、二つの法律、利息制限法(20%までの利息を認める)と出資法(29.2%を超えると刑罰を科す)の間のことだ。

 20%と29.2%の間の利息は、業者が権利として請求することは出来ないが債務者が「任意」に払った場合は有効ということになっている。多くの債務者は制度の仕組みを知らないから「任意」に払ったとはいえない。弁護士に頼んだり、訴えたりすれば、返してもらえるが、一般には、このような手段はとれない。最高裁はグレーゾーン金利の支払いは実質無効とする判決を出した。最高裁判決と矛盾する法律は改めなくてはならない。そこでグレーゾーンを廃止することにした。

 ところが、例外を認めるべきだという動きが急である。それは、金利を下げれば、審査が厳しくなり借りられない人が増え、結局は法外な利息を取るヤミ金融がはびこるというのだ。そこで、少額で短期の融資の場合、一人一社に限りグレーゾーンの金利を認めるという案が浮上している。

 金融庁が示した特例案は、個人向けと事業者向けである。個人向けは「元本30万円以内で期間6ヵ月以内」と「元本50万円以内で期間1年以内」の2案、事業者向けは、「元本500万円以内で期間3ヵ月以内」というものだという。

 金銭万能の時代、そして、欲望と物があふれる時代にあって、格差が広がっている。精神的に耐える力のない人々は、後先のことをよく考えずに簡単に誘惑に負ける。現代社会の病巣は深く広く伸びる。法改正は、これを食い止める一助となるか見守りたい。

(消費者金融の法改正が実を結ぶことを願って。読者に感謝)

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2006年8月30日 (水)

ビラ配り無罪の判決に思う

 共産党のビラ配布のためのマンション立ち入りが住居侵入罪に当たるかが裁判で問われた。これは、私たちの日常活動とも関係があるので重大な関心を寄せていたが、東京地裁は無罪の判決を下した。問題点は何か、又、ことの重要性はどこにあるのか考えてみた。

 政治家にとって住民と接触することはきわめて重要である。自分の考えを書いた文書等の情報を伝えること、また、極く短い時間であっても直接の会話が出来ること、これらは、民主政治を支える重要な柱であるからだ。

 私は、日常の政治活動の一環として自分で作った文書などを持って家々を訪問することをやっている。その際、「セールスお断り」と門扉に表示されていることがよくある。このような場合にセールスマンが扉を開けて庭内に入ったら住居侵入罪になると思う。しかし、このような場合も、私はセールスマンではないから門を開けて入り話をすることにしている。憲法で保障された表現の自由は、政治活動については特に重要な意味を持っている。

 判決の要点は次のようなものである。先ず、核心の部分は、「住民の明示された意思に反して住居に入れば住居侵入罪に当たる」ということ。事実は、マンションの掲示板に「チラシ・パンフレット等広告の投函は固く禁じます」と張り紙があった。これは、政治ビラの投函も禁じているのか。判決は、「張り紙は商業ビラの配布を禁じている。政治ビラを禁じていることは明らかでない」として住居侵入罪に当たらず無罪とした。判決には、商業ビラと政治ビラの違いを強く意識していることがうかがえる。

 住居侵入罪を設けて守ろうとするものは、住居の平穏である。最近、窃盗や子どもを投げ落とすなど住居の平穏を害する事件が非常に多い。これらは論外として、悪質なセールスマンやしつこい勧誘活動も住居の平穏を害する行為だ。これを断ることは住民の権利だから、拒絶を無視した行為は住居侵入罪になるのは当然である。

 政治活動は別だと思うが、それでも、断るという明白な意思に反して立ち入れば住居侵入罪になる。難しい問題だが仕方がない。インターフォンで名前を告げ趣旨を話すと受け入れてくれる家が多いのは救いである。

 今回、東京地裁は無罪としたが、別の判決もある。自衛隊のイラク派遣に反対するビラを防衛庁官舎で配った人は逮捕され長く拘束された。この事件は一審は無罪だったが、二審は罰金の有罪とし、現在上告中である。防衛庁官舎という特殊な状況なので、政治ビラ配布を拒絶する明白な意思が表示されていたと判断されたのではないか。上告審の判断、及び、東京地裁の判決に対する上級審の判断を注意して見守ろうではないか。重要な論点が多く含まれているのだから。

(地域の政治活動が住民に理解されることを願って。読者に感謝)

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2006年8月29日 (火)

太田の特区校・国際アカデミーの助成金、まだ解決しないのか

 私が議長の時、異例の全員協議会を開き、小寺知事、清水市長も出席し、激しく議論した。そこで論点が明らかになったので、もつれた糸がほぐれていくかと思ったら依然として混迷が続いている。県民からは「分からない」「感情論になっている」などといった意見が私のところへも多く寄せられている。

 主な問題点は次の3点である。(1)この特区校・「ぐんま国際アカデミー」が「私立」か「市立」かということ。「私立」なら他の私立校と同じく生徒一人につき約27万円の私学助成金が受けられるが、「市立」ならこれが受けられない。(2)太田市は、「私立」として手続きを進めて設立したのだから法的に「私立」だと主張。これに対し、県(知事)は、太田市が土地を提供したり職員を派遣したりしているから実質的にみて「市立」だと主張。(3)英語教育を小学校の低学年から行うことの是非。県(教育委員会)は、否定的な立場をとっている。

 どう考えるべきか。太田市が大きく関わっていることからすれば、県がいうように実質は「市立」だろう。この点は、太田市長が全員協議会で、市の職員はやがて引き揚げて実質も「私立」にすると話していた。このようなことは、計画を進める初めの段階から県と市が連絡を蜜にしていれば大きな問題にならなかったことだろう。それほど本質的な問題ではない。

 太田市が大きく関わったことは、大きな改革を「英語特区」という形でスタートさせる以上止むを得なかったと思う。そこで大きな意味をもつことは、前記(3)の論点である。小学校低学年では英語よりも国語を重視すべきだという考えがある。私も同感だが、両方に力を入れる学校があってもいい。アカデミーでは、国語は日本語で教え(この点に誤解があるらしい)非常に力を入れている。子どもたちは教科書を暗記するくらい教わっているという。この点は英語づけという批判にこたえることを学校は意識しているのだろう。

 英語教育の点を評価できるなら、法的には「私立」なのだから、県は裁量によって、「私立」と認め27万円の助成金を認めるべきだ。私が議長をつとめた全員協議会におけるやりとりでも感じられたことであるが、連絡や説明が足りなかったとか、ブログで県を批判しているとか、本質的でない部分にとらわれ過ぎていると思う。

 県議会との対立構造がなく、また、知事と市長の間に信頼関係があるなら、スムーズに解決できる問題ではないか。感情論にとらわれていると言われても仕方がないのではなかろうか。直接には、アカデミーに通う子どもたちのため、また、大きくは群馬県の教育のためという大きな見地から知恵を出し英断を下すべきである。「教育委員会は知事の声に合唱している」との意見が寄せられているが、教委としての見識を示して欲しい。(県の教育改革が進むことを願って。読者に感謝)

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2006年8月28日 (月)

母の一周忌

 はやいもので母イトの一周忌がやってきた。寺は浄土真宗の清光寺。きょうだいや親戚が集まって母の霊に手を合わせ、在りし日を偲んだ。住職は仏教の歴史を語り阿弥陀仏のことを分かり易く説いた。それは仏教思想の深さを示唆するものであった。私は、インドで生れたこの思想が、様々な民族の治乱興亡の中を生き中国や韓国を経て遂にアジアの果ての日本に至る雄大な流れを想像しながら話を聞いた。そして、母の生涯を振り返ると、この仏教思想の流れの末端を一筋に生きた女性の姿として浮き上がるのであった。

 浄土真宗の宗祖は親鸞である。それまでの平安仏教は苦しむ庶民を救うものではなかった。親鸞は阿弥陀仏を信仰する気持ちをおこし念仏を唱えさえすれば直ちに極楽往生できる、さらに、戒律を犯した罪深い人こそが阿弥陀仏が救おうとする人々だと説いた。

親鸞の思想は、末法思想、戦乱、疫病に悩む人々に受け入れられ広まっていく。

 清光寺の壁には、山口県萩市から訪れた人々の写真がかけられている。初代県令楫取素彦は萩の出身で、松下村塾では吉田松陰を支える重要な立場にあった。楫取の妻久子は松蔭の妹で、浄土真宗の熱心な信者であった。久子は難しい県政に取り組む夫を助けるためにもと、門主に頼んで群馬で初めて説教所を開いてもらったが、それが清光寺の前身なのである。前橋市と萩市は楫取の縁で「友好都市」を結んだが、その関係で、萩市の人々は、清光寺を訪れるのである。

 楫取素彦は教育と産業で任地の群馬を発展させようと決意した。そのために熟慮断行した一つが「廃娼」である。当時の県議会には志の高い新進気鋭の人が多かった。ところで群馬には遊郭が多く、それは、教育にも産業の発展にも大きな害となっていた。若者の勤労精神を損ない、郭のある所に市は立たないといわれたのである。湯浅治郎らが中心となって実現した議会の廃娼の議決を実行した人が楫取素彦であった。群馬は、全国にさきがけて廃娼の金字塔を打ち建てたのである。そこには、議会と知事(県令)との見事な連携が見て取れる。些細なことで、時には感情的になって、対立する現在の議会と知事は、スタート時の議会の歴史に学ばねばならない。清光寺の境内から見上げるのっぽな県のビルが、私の目には、浮薄なものに見えた。

    10回中学生公式野球大会で挨拶(27日)

23チームが堂々と行進した。「甲子園が終わりました。全国の人が感動したのは、あのエネルギー、そして最後まで頑張りぬく精神力です。甲子園の陰に全国の野球少年の姿があります。皆さんを見てそれを確信しました。鉄は熱いうちに打てといいます。身につけた心と身体の力は人生の宝です。全力を尽くして頑張って下さい。」私はこのように挨拶した。

(多くの人が、県政の歴史に目を向けることを願って。読者に感謝)

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2006年8月27日 (日)

ふるさと未来塾の懇親会(26日)

 来年の県議選対策に全力を注がねばならず、ふるさと未来塾を、来年4月まで休むことになった。映像を使い、形にはまらないで歴史を面白く語るスタイルは定着し受講者も増えていた。休みにすることは誠に残念なのだが止むを得ない。懇親会は、これまでを振り返りながら、再開につなげることを目的にしたもの。70人以上が集い、フラダンスや歌も登場し、楽しい一時を過ごした。
◆暑い夏を振り返る時、避けられないことは、日本史上の最大の出来事である戦争と平和に関する事だ。8月に入って、各紙は連日のように太平洋戦争のことに多くの紙面を割いた。私が思うことは、今日の繁栄と平和を砂上の楼閣にしないために重要なことは、あの戦争に関する事実をきちんと直視することなのに、それが十分になされていない、特に教育の現場で軽視されていることだ。
 新聞に、「近代史端折(はしょ)らないでと思う夏」という川柳が載った。私は、学校の歴史教育の在り方に関して同感である。私は、県会議員になって以来、近現代の歴史が十分に教えられていないことを指摘しその改善を訴えてきた。歴史の教科書を初めから順に教えてくると、時間が足らなくなってしまうということもあるが、ポイントは、ややこしい問題を避けたいという強い思いが底流にあるのだと思う。
 戦争を知らない人たちが社会の大半を占めるようになった。戦争の悲惨さが分からなければ平和の尊さも分からない。客観的事実を知らなければ、犠牲者の死を生かすことも出来ない。歴史は因果関係の連鎖であり、一部を取り出してみたのでは、その部分のことも正しく評価することが出来ない。日本の過ちをことさら認めることを自虐的史観といって非難する向きがあるが、客観的な過ちを認めることは、歴史を学ぶことの第一歩である。どこの国の歴史も栄光と挫折の繰り返しなのだから、「栄光」の部分と「挫折」の部分の両方を教えなければ歴史を教えたことにならない。
 特に、中国、朝鮮半島、東南アジアの国々については、日本軍の「侵略」の事実もきちんと子どもたちに教えることが、国際理解教育とこれからの友好のためにも必要である。かつて、大連の旧日本軍の刑務所跡を訪ねたとき、少女が日本軍の残虐さを機械じかけの人形のように話している姿を見て空恐ろしさを感じたことがある。そして中国は、歴史教育を、国民をあおる「手段」として利用している、そして図体は大きいが民度の低い遅れた国だと思った。21世紀の「大国」とは、面積や人口の大きさでなく、国民の質が大きな要素だと思う。正しい歴史教育から、国を思う心も生まれる。暑い夏を振り返って思った。
(真の歴史教育が進むことを願って。読者に感謝)

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2006年8月26日 (土)

夏祭り、甲子園を振り返って

 各町の夏祭りが過ぎ、甲子園が終ると暑い夏も残り少なくなる。この夏を振り返って思うことは子どもたちの事だ。夏祭りでは子どもが参加しない所もあるが、やはり神輿をかついだり、はちまきをして元気に飛び回る子どもの姿は見て楽しいし、明るい希望を与えてくれる。祭りの先にあるのが甲子園だ。全国の目を釘付けにする若いエネルギーの爆発、これを先細りにしてはならない。
 少子化対策は、私たちの社会の最大の課題の一つである。これまで、いろいろな対策がとられたにも関わらず、特殊出生率は下がり続けたことは、これらの対策が有効でなかったことを物語る。1人の女性が生涯に産む子どもの数・特殊出生率はこれまで下がり続けてきた。現在の人口を維持するには最低2.1以上が必要だというのに、1.29まで下がったことが深刻に受け取られていた。ところが、最近ついに1.25まで下がり、「1.25の衝撃」ということが大きく報じられた。
 このような状況で、今年1月から6月までに生まれた赤ちゃんの数が前年より増えたという厚労省の発表は注目すべきことだ。この動きを一時的なものにしないためには、原因を分析して今後に生かさねばならない。厚労省は、景気の回復が若者の雇用環境を改善させたと見ているようだ。雇用が安定せず社会の先行きが暗くては子どもを持つ気にならないだろう。だから、景気の回復は、現実の雇用だけでなく、心理的にも若い人を勇気づけているに違いない。今、一番重要なことは、国も地方も、企業も、若者の雇用を更に改善することである。
 そこで、今月、厚労省が労働経済白書で発表した「年長フリーター」の増加が心配だ。フリーターはフリーアルバイターの略で、臨時のアルバイトなどで収入を得ている若者である。その数は213万人と推計されている。(17年の白書)
 厚労省の調査では、35歳~44歳のフリーターが増加しているという。これらの人は、バブル崩壊後の就職氷河期に学校を卒業し正規な職業につけなかった人が多い。フリーターなど非正規雇用の若者一般について言えることは、正規従業員に比べ配偶者のいる割合が半分だという。社会に非婚者が多ければ出生率のアップは望むべくもない。
 企業はリストラを続け、また非正規の社員を増やすことでコスト削減をはかってきた。非正規社員の収入は正規に比べ非常に少ない。フリーターなど非正規社員の増加は消費の足を引っ張り、少子化を加速させ、結果として企業の首をしめる。企業がフリーターなどを積極的に正規として受け入れることが少子化に歯止めをかけることになる。そのための知恵を絞ることが全国や地方に求められている。
(赤ちゃんの出生率が持続して上がることを願って。読者に感謝)

 

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2006年8月25日 (金)

早実監督の忍耐力と闘志に学ぶ

 第38回大会の決勝戦はドラマがいっぱいだった。クールな斎藤、闘志を身体全体で現した田中、この両投手には特に注目が集まった。私は、選手たちに感動したことはもちろんだが、興奮の渦の陰から少しずつ伝わる早実の和泉監督の姿に打たれた。

 早実のOBで、2年生で正捕手として甲子園に出た経験を持つ。早大を出た後、山口県の南陽工高の監督になったが部員全員から「ついていけない」と反発された。朝5時からノックするスパルタ方式のことだ。自分の野球を押し付けていることに気付いたという。名門早実の監督となって重圧を感じながら頑張ってきた。今春の選抜で8強入りした時、チームの集中力がないことに悩んだ。練習中たるんだプレーをした選手のグラブを借り、自らノックを受けた。何度も飛びつくが球に届かない。しかし、監督のその姿に選手たちは泣いた。優勝した時、斎藤投手は、「優勝監督に出来たのが一番嬉しい」と言い、それを聞いた監督は、感極まって言った。「ありがとう。感謝しています。いい教え子です。」

 早実の勝利はチームが一つになった精神力のたまものだが、現代っ子の少年たちをここまで導く監督の苦労は大変なものだったに違いない。エピソードはその一端を物語る。和泉監督は、過去の体験を生かして、早実では部員の自主性を重んじてきたという。少年たちをその気にさせて、内なる力を出させる。そこで信頼が生まれ、真の団結力が育ったに違いない。このことは、野球以外でも同じことで、貴重なことを私たちに教えてくれる。監督は、全国制覇はこれまでの教え子たちに捧げたいと語っている。44歳、丸い身体には円熟した闘志がみなぎっているのを感じた。

◆超満員のスタンドで声援を送る若者を見て、少子化が進んだ時この熱気はどうなるのだろうとふと思った。最近、夏祭りや地域回りをしていて、2人とか3人の小さい子を抱える若い女性を見て、少しは少子化の状況が変わっているのかなと思うことがあった。

 そんな折、厚労省は先日、今年1月から6月までに生まれた赤ちゃんの数が昨年より増えたと発表した。同じように、この6ヶ月間、結婚の数も増えた。これは、最近半年のデータだから、少子化や非婚に歯止めがかかったと見ることは出来ない。しかし、朗報には違いない。

 厚労省は、景気がよくなって若者の雇用が安定したことが背景にあると分析している。少子化対策は複雑だが、雇用の安定は重要な要素であることを、厚労省の分析は暗示しているのではないか。不景気の中で、ニートが増え、非正規の社員が増大していた。生活の基盤がしっかりしなくては結婚も出来ないし、結婚しても子どもを持つ気になれないだろう。行政も、企業も、厚労省の発表をしっかりと受け止めて、少子化が本当に止まるように努力をすべき時である。熱闘甲子園の姿は、私たちに、このことを伝えるメッセージでもある。

(少子化が止まることを願って。読者に感謝)

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2006年8月24日 (木)

あきれた裏金、信じられない金の焼却

 岐阜県の出来事は誠に信じ難い。巨額の裏金を隠し、また、処分に困った約500万円の金を焼いたりゴミに混ぜて捨てたという。なぜこのようなことが起きたのか、もし、群馬県でこのようなことが起きれば、県議会のチェック機能が厳しく問われるだろう。

 報道される事実はこうだ。カラ出張、食糧費やタクシー代の架空請求などで94年度に総額46600万円の裏金を作った。裏金作りはほぼ全ての課にわたり、このようなことをチェックすべき監査委員事務局や出納事務局も関わっている。特に信じ難いのは、職員が金を焼却したとされる点だ。事実は着服かも知れない。伝えられる幹部の発言からはそんなニュアンスも感じられる。

 問題の本質は、税金が見えないところに隠されその使途がチェック出来なくなることだ。 県民からは、納税者に金を返せ、責任者を処分しろ、死ね、腹を切れなどという抗議が殺到しているという。最近の県議の海外視察が報道された時も、「死んで下さい」という抗議が来た。 

この事件に接して、かつての群馬県庁のことが思い出される。これは、裏金ではなく、カラ出張などによる不正使用額7億円余りが追及された。抗議が殺到し、90年代半ば庁内はパニック状態とも言える混乱に陥った。

 多くの県でこのような問題が生じた。またかという感じである。このことは、健全なチェック機能が働かないと、常に同様な問題が生じる可能性が、組織には内在することを物語る。県民によるチェック機能の強力な手段が情報公開条例である。

 群馬県の旅費問題は、公文書の開示に関する条例に基づく県民の開示請求によって問題化した。現在の情報公開条例は、前の条例にかわる、より進化したものである。何人も公文書の開示を請求でき、また、県も進んで情報の公開につとめることになっている。

県政の主権者は県民であり、県民は、情報を得られなければ、その役割を果たすことが出来ない。つまり、情報公開条例は、県政における民主主義を支える重要な柱なのである。

◆岐阜県の暗部に触れたので明るい話題を紹介したい。以前の日記でも少し書いたが、昨年アルゼンチンを訪ねた時、大使から「ギアリンクス」のことを教えられた。岐阜の「ギ」、アルゼンチンの「ア」、両者連携の「リンクス」から、株式会社ギアリンクスの名がつけられた。南米アルゼンチンに1,265haの土地を取得し、主に大豆や小麦などを生産している。地球の反対側で季節が逆であることを利用してこちらが不作の時、その作物の耕作を拡大することも可能だという。

 世界の食糧事情は変化している。中国が輸入国に転じたばかりでなく、将来の食糧難を見越して南米各地で土地を懸命に取得していることも大使から聞いた。中国系の企業を通してということであろうか。とにかく、事態はここまで来ていることを認識しなくてはならない。(岐阜県の事件を他山の石としたい。読者に感謝)

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2006年8月23日 (水)

煙を流すのは止めて下さいよ

 先日、ある会合で、タバコをふかしている人が隣の人から文句を言われているのを見た。このような抗議が自然なものと周囲から受け取られるというのが、最近の社会の特色といえよう。タバコは有害だということは今日の常識である。害のある煙を流して吸わせるのは暴力以上の侵害行為だ。だから抗議されても仕方がない。抗議された人は、ばつが悪そうにタバコの火を消していた。政治家に対する風当たりが強い今日、政治家が公衆の中でこのようにタバコをふかしていたら、それ見たことかと票を減らすことは確実だ。私も昔はヘビースモーカーだったが、妻が不治の病に罹ったのを期に止めて、以来20数年一本も吸っていない。抗議した人が吸わされたような間接喫煙の害の重大さが今日指摘されている。

 健康の害が大きく叫ばれるようになり、禁煙の場所はますます広がっている。そして、タバコ吸いは肩身が狭い思いをさせられている。従って喫煙者は減っているが、逆に若い女性の喫煙者は増えているという。女性の喫煙は、妊娠異常の一因にもなるということなので重大である。厚労省の調査では、20歳~30歳代の女性の喫煙率が上昇している。

 そこで、厚労省は、この年代をターゲットにした禁煙キャンペーンに乗り出す。スローガンは、「タバコは美容の大敵」。化粧品会社の調査では、タバコを吸う女性は、吸わない女性と比べ、顔を醜くする要素が5歳分早く増える。それは、シミやくすみの原因となる色素だ。この他に、歯が黄色っぽくなったり歯茎が黒ずんだりする点も美容にはマイナスだ。20歳~30歳の女性にとって美しくなりたいというのは切実な願いだろうから、「美の敵」を有効にピーアールすれば大きな効果があるだろう。

◆その他にタバコに関する情報

(1)最近の研究で、喫煙により、猛毒のダイオキシンが「大量に」体内に入った時と同じ反応が細胞内で起こることが分かった。「大量」とは、国の基準(健康に問題ない量)の164656倍とか。ダイオキシンは、癌や生殖障害の原因となる猛毒である。

(2)飲む禁煙薬の登場。アメリカで開発されたバレニクリン。錠剤で一日2回服用で効果があるという。日本でも、厚労省に承認申請が出され、現在審査中。日本の主流はニコチンパッチで内服薬は承認されればこれが初めて。

(3)各県が喫煙を減らそうとしているが、そのためには数値目標を掲げることが有効だ。成人の喫煙率は、男43.3%、女12.0%(04年)だが、これを何%まで下げようというもの。18の府県が設定しているが、群馬県はまだ。

 タバコはコロンブスの新大陸発見によりもたらされたが、タバコによる死者は膨大。ある人が虐げられた新大陸原住民の逆襲かと言った。

(県民の禁煙が進むことを願って。読者に感謝)

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2006年8月22日 (火)

暑い夏がすぎていく

 梅雨が長く続きいつ終ったかもはっきりしない状態で真夏に入った感じだった。異常気象は常態化したようで、そのうち「異常」と言わなくなるかも知れない。社会の激変の中で必ず行われ大きな成果を上げるのが高校野球である。高校野球の歴史の中で過去に一度しかないといわれる再試合が行われ、死闘のあげく早実が勝利を得、初優勝を手にした。その瞬間、クールな斉藤が涙を流していた。立錐の余地のないスタンドと一体となって繰り広げられたドラマは、いつものテレビドラマなどとは違った本物の感動を全国に届けた。それは夏バテに喘ぐ人々にとっても心の栄養剤になったことだろう。

 それにしても、真夏の太陽の下の球宴は、私たちに多くの教訓を与えてくれる。「鉄は熱いうちに打て」というが球児の姿を見てつくづくこの言葉の重みを感じる。現代は、歴史上最も豊かで、また文明の利器が発達した時代である。それだけに、多くの子どもたちは「打」たれる機会を失っている。

 自分のことで恐縮だが、私がものを書いたりいろいろなことをやっているのを見て、「よく時間がありますね」と言う人がいる。私は、24時間をフルに使っているが、そのスタミナは少年時代に身につけたものである。夜学の高校の頃は、昼間の仕事の疲れで、授業中一瞬夢を見ることがあった。少年時代の過重と思える負担は、時には足腰と心を鍛えるものだと、高校野球を見ながら振り返った。

 わが家では、新盆が終わり、妻はホッとすると同時に少し疲れを感じているようだ。お盆で、私は二つの墓地へ行った。亀泉町の市の霊園と下小出町の墓地である。市の霊園には十字を刻んだ墓石がある。母が眠るのは下小出の墓地で浄土真宗の墓である。

 二つの墓に参って、改めて思うことがあった。多くの人が花を供え線香を立て手を合わせている。そこでは祖先や亡くなった人の霊に接し敬う自然の姿が見てとれる。日本人には宗教観がないと言われるが、このような穏やかな形の営みが日本人の宗教活動なのかと思う。

 荒涼とした岩と砂、灼熱の太陽、そのような極限の状況で生きる民にとっては、唯一の神にすがることが生きる条件となり、一神教が生まれる。一神教は、とかく、他の神を否定する独善に陥りやすい。現在のイスラエルとアラブの戦いの根底には、この一神教の本質があるだろう。

 日本人の古来の宗教観は、「やおよろずの神々」だ。だから焦点がぼけて神は何でもよいとかなってしまいがち。今日の日本は歴史的に新たな段階に来ている。乾いた心が求めるものにこたえなければならない。やはり、お盆の墓参り以上のものが、心の問題として今必要なのではなかろうか。

(日本人の健全な宗教観が育つことを願って。読者に感謝)

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2006年8月21日 (月)

延長15回を引き込まれて見た

 早実と苫小牧の決勝戦は見ごたえのあるものだった。どこまでも手を抜かない両チームの精神力に先ず驚かされた。現代の若者について抱く先入観を尺度にすると、目の前の光景は、正にアンビリーバブルなのだ。両チームとも投手を中心に良くまとまっている。早実の斉藤は、群馬の出だというが、あくまで冷静で、ピンチに陥っても、端正なマスクに動揺の色は見えない。一方、苫小牧の田中は、がっしりとした体格で、バッターをにらむ姿には不敵な闘志がみなぎる。15回まで、両投手の球威は遂に衰えなかった。

 両チームの選手たちの驚異的な精神力とスタミナはどこから来るのか。積み重ねた日頃の鍛錬の成果に違いないが先輩から受け継がれてきた伝統の力も大きいのだろう。再試合でどちらが勝つにしろ、両校の球史にまた、輝かしい一ページが生まれ、それが後に続く少年たちを強く支えることになる。両チームの活躍は両校だけでなく全国の野球少年の心に大きな夢と希望を与えたに違いない。

 文武両道は、かつて日本人の修養の目標であったが、学問とスポーツの両立という意味で、この言葉は、今日でも子どもたちを導く理想である。野球だけでなく、サッカー、柔道、剣道、弓道などあらゆるスポーツを盛んにして子どもたちの心と身体の可能性を伸ばすことがいま最も求められている。これは、教育の大きな課題でもある。学校の「部活動」の在り方が問題となっているが、学校、家庭、地域社会が力を合わせてスポーツの大切さを再認識し、それを進める環境を整えるべきである。

◆最後の納涼祭と柔道の暑気払い

 小坂子町の納涼祭では、2台の子どもみこしの周りには、ちびっ子たちが群れていた。やや少ないのが淋しいが、祭りで子どもたちの元気な姿を見ると救われる思いがする。

 物を売るテントを回っていたら「先生しばらくです。」とふいに声をかけられた。昔、塾で教えた女性である。「子どもです」と目の前のチビちゃんの頭を撫でるから「何人」と聞いたら、「三人です」と嬉しそう。1.25の時代だから偉いねと私は彼女の手を握って言った。

 この日(日)、前橋市の柔道連盟の暑気払いがあった。富士見、大胡、宮城、粕川の人まで加わってかなり大勢である。私は次のような挨拶をした。「今日は高校野球の熱い闘いがありました。日本を立て直すカギは、スポーツだと思います。柔道は日本の伝統の武道で素晴しいスポーツです。柔道を盛んにして、青少年の心と身体を鍛えることが最も今求められています。」柔道が国際化するにつれ、日本の本来の柔道の姿が薄れていくことが頭をよぎった。私は柔道連盟の顧問である。

(スポーツを通して逞しい子どもが育つことを願って。読者に感謝)

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2006年8月20日 (日)

日本人はもっと誇りをもっていい

 日本に対するアジア諸国の風当たりは強いし、国内で抱える様々な問題を考えたとき、日本国の危機を感じ、日本は駄目な国かと思ってしまう。特に自殺者が毎年3万人を超え、ニートと呼ばれる仕事をしない若者が60万人もいる、そして、親が子を殺し、子が親を殺す事件も珍しくないといった犯罪の状況、そして重くのしかかる高齢少子化社会の現実等を毎日突きつけられると多くの日本人は将来の希望を失ってしまうのだ。

 しかし、日本の実態はこれだけではない。私は日本の底力を見詰め、子どもたちにも理解させることが、今非常に大切なことではないかと思う。日本は良い国だ、世界に誇れる国だということを、子どもたちの心に自然に植えつけることが、国を愛する心を育てることにも通じる。又、このことは他国を尊重する基礎にもなることだから、国際理解教育の基本に据えなければならないことである。

 そのためには、先ず、歴史、地理、国語などを生きた学問にしなければならない。まだまだ、受験のための知識を与えるという枝葉に目を奪われた教育になっていると思う。

 かつてインドのネルーは、牢獄から娘のインディラガンジー(後の首相)に送った手紙(父が子に語る世界の歴史)で、少年の頃、日本がロシアを破ったことに大変感動したことを語っているが、日本の歴史の授業で、子どもたちに感動を与えることがあるだろうか。世界のどの国でも、成功もあれば過ちも犯している。輝かしい成功からは感動と自信を、過ちからは教訓を汲み取ればいいのだ。学校教育はこの点臆病になり萎縮していると思う。中国や韓国へ行くと国が料理した歴史を教えている感を抱く。それは、国が遅れていることの一つの証拠である。日本はアジアのトップを行く先進国だ。それは、経済だけではない、自由と民主主義が進んでいるが故に先進国なのだ。このことを子どもたちに分からせねばならない。

 日本の地方を旅すると自然が豊かで伝統の文化や産業がしっかりと息づいている。一方最先端の世界をリードする技術も素晴しい。また、日本を支える中小企業は限りない可能性を蓄えている。日本の生きた現実を、本物に触れる感動を通して子どもたちに教えなければならない。

 今、偏狭なナショナリズム(民族主義)が頭をもたげる危機が感じられる。自民党元幹事長の自宅が放火され容疑者が腹を切ったということが報じられた。テポドンの発射などはナショナリズムを刺激するし、一般国民にも動揺を与える。今必要なことは、歴史をきちんと教え、現代の問題を考える指針を与えることだ。そして、日本人が自国に誇りを持つことが、成熟社会のゆとりを作ることにも通じると思う。

(日本人が誇りをもって、真の先進国となることを願って。読者に感謝)

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2006年8月19日 (土)

あらゆる面で格差が広がる社会

 長い不景気のトンネルが続いたと思ったら、現在、トンネルを出て、景気は力強く拡大の道を歩んでいるという。しかし、私のまわりには、多重債務に苦しむ人、就職できない若者、深刻な経営難に直面する経営者が多い。勝ち組と負け組み、複雑な渦に巻き込まれて方向感覚を失った者、等々、格差が広がっている感じだ。

 日本は政治的には自由主義で、その経済活動における現れとして資本主義がとらわれているが、自由放任主義ではない。世界の資本主義国の中でも、社会主義の要素を大きく取り入れた修正資本主義の国である。つまり、弱者を守るために強者の走り過ぎに規制(ブレーキ)を加え、実質的平等を目指している。

 近年、このブレーキを緩める政策が行われてきた(規制緩和)。経済の停滞から抜け出すためには、あれも駄目、これも駄目というのでなく、自由競争の機会を広げることが必要だというもの。大型店が増え、官が独占していた部門に民間が参入できるようになり、その他新しいビジネスが次々に生まれた。この流れは、一種の改革であるが、小泉首相は、更に日本の社会を支える制度(構造)を変えること(構造改革)を断行してきた。

 これらの大きな変化についていける者と取り残されるものが当然出来ることになる。それは、富める者と貧しさにくるしむ者という差となって現れる。これが格差である。政府は、落ちる者を救うために、安全(セーフティ)を守る網(ネット)、セーフティネットを張るという。それがなかなかうまくいっていないのが現実である。

 このような渦巻く激流の日本の社会で、身近な例を通して、最近、私が感じていることの一つを書きたい。簡単にサラキンから金を借り多重債務者になり窮地に立たされる人、その中には破産宣告を受けて平気な顔をしている人もいる、又、気軽に他人の保証人となって青くなる人、市営住宅の家賃を何十万円も滞納して明け渡しを求められている人等々高度成熟社会を泳ぐ力のない人が非常に多いことに驚かされる。社会の流れは重層的で複雑だが、表面は金銭万能の流れである。その中で多くの人はモラルも失って、中には犯罪に走る人もいる。

 学校教育の目的は、この複雑で難しい社会を生きるための力を養うことではないか。文科省が叫ぶ、「生きる力」を教える大切さを、世の大人たちを見て痛感する。「学力の低下」を叫ぶ声にゆすられて、教育の筋を変えてはならない。この現実に的確に対応できないなら教育委員会は形骸化しているといわれても仕方がない。国のセーフティネットは教育における人づくりにも目を向けなければならない。

(格差のない真に平等な社会を願って。読者に感謝)

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2006年8月18日 (金)

高校野球のドラマ・今夏も熱く燃えて

 毎年のことだが高校野球は面白い。それは限界に挑む若者の純粋な姿に打たれるからだ。球場ではドラマが次々と繰り広げられる。私たちが先ず引き込まれるのは点差をつけられたチームの動きだ。応援席の、涙をこらえて小さな拳を突き上げる美しい女子高生の顔がアップで映される。狼の群れの中をかいくぐるように、カモシカの如く走る少年、その上を矢のように飛ぶ白球、外では熱中症が出るという30数度の炎天下、母校の誇りをかけて死闘は続く。逆転に成功した時は、思わず声をあげ拍手を送る。人生で最もエネルギーに満ちた瞬間の彼らの姿である。

 桐一は見事な逆転劇を演じたが二回戦で惜しくも敗退した。日本最南端の沖縄の島の八重山商の球児も頑張った。彼らの動きに、長い試練に耐えたあとを想像する。また、甲子園でプレーする球児の背景には膨大な全国の球児たちの姿がある。甲子園は球児の活躍を通して全国の日本人の心を一つにしてくれる。日本は健全だと思った。

 球児の姿を見ると、太平洋戦争に参加した若者たちの事が自然に思い出される。球宴と同時進行のかたちで、テレビや新聞は戦争の悲劇や小泉首相の靖国参拝問題を報じているからだ。

 戦争となれば、戦場に出るのは若者である。先の大戦では、自らは発言できない政治体制の下で多くの若者が命を落とした。若者たちの死は犬死だったのか。誤った指導の下でやらなくてもよかった戦争だったから無駄な死であったという見方もあり得る。しかし、重要なことは、戦争の原因や意味を検証し、反省すべきことは反省すると同時に、若者の死を無駄にさせないための今後の私たちの努力ではないか。

 それは具体的には次の二点だと思う。先ず、若者の死を通して戦争の悲惨さを冷静に見つめ、平和の尊さをかみ締めること。そして、平和を守るための様々な努力を積み重ねること。

 二つ目は、国の政策は誤っていたとしても一人一人の若者は、国、郷土、家族を守るという純粋な気持ちであったことを理解し、それに学ぶことである。戦後の体制は180度転換し、私たちは心の自由を獲得したが、多くの若者は自己主義に走り、社会のため、国のために尽くすという心を失ってしまった。

 今、日本は様々な難関を抱え危機の状態にあるが、最も心配されることは日本人の心である。国是として戦争を否定する国であるが、何もしないで平和を守ることは出来ない。「戦争になったら戦うか」という調査で、戦うという率は、日本が世界の最低だという。戦争のことだけでなく、社会公共の全てのことに前向きに真剣に取り組む姿を戦死した若者から学ぶことが、彼らの死を生かす道だと思う。熱闘甲子園の輝く姿を一時的なものにしてはならない。

(甲子園の輝きが全国に広がることを願って。読者に感謝)

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2006年8月17日 (木)

靖国のこと、戦後は熱く続いている

 13日の「日記」で靖国問題を書いたら何人かの人から意見や感想が寄せられた。関心が高いことが分かる。最近の報道で、「ほぉー」と興味をそそられることがある。それはA級戦犯とされた人の子や孫が靖国問題で発言していることである。それらは、絞首刑となった広田弘毅の孫(合祀に異議—13日の「日記」)、阿南惟茂前中国大使、東郷和彦・元オランダ大使である。
 阿南惟茂氏は、阿南陸相(当時)の子息。14日の「日記」で書いたが阿南は御前会議で徹底抗戦を天皇に訴えた。そして、ポツダム宣言受諾を決めた14日の夜自決して果てた人である。前大使は在任中、小泉首相に靖国参拝の中止を公電で要請したという。
 東郷和彦氏は、東条内閣、鈴木内閣の外相を勤めA級戦犯として服役した東郷茂徳の孫である。氏は、戦争責任の問題を国民的に議論することがA級戦犯合祀の適否に直結すると主張している。これは重要な論点だと思う。なぜなら、A級戦犯は国を誤らせたということで合祀が批判されるわけであるが、戦犯として裁いたのは戦勝国の論理であるからだ。私たち自ら、戦争責任を議論して判断しなくてはならない。 
 太平洋戦争では、おびただしい数の人が命を落としたが、その遺族には、先祖の熱い志を受け継いで良い日本をつくることに真剣な人々が多くおられることが、ここで取り上げた子孫の伝えられる姿からうかがえる。
 広田弘毅の孫が、「合祀は靖国神社が勝手にやったことで取り消して欲しい」と語っていたが、取り消しを求める理論はなんだろうと思った人は多いに違いない。この点は、11日に、靖国神社に対して起こされた合祀取り消しの訴えが参考になる。ここでは、訴えの理由として、「遺族の承諾なしに故人を祭るのは人格権の侵害だ」ということを上げている。また、この訴えは戦没者の氏名を違法に神社に提供したとして国に対しても損害賠償を求めている。この点については、国が靖国神社に協力するのは政教分離を定めた憲法に違反することを理由としている。靖国神社をめぐる訴訟はいくつかあるが、合祀取り消しを靖国神社に直接求める訴訟は初めてである。大阪地裁の判決を見守りたい。
 ところで靖国神社が財政難に苦しんでいるという。最大の理由は、戦争世代の減少で大口の寄付が減っていることらしい。毎年100万円単位で奉納していた中小企業の経営者が亡くなると、息子は関心がないため寄付をもらえなくなることが多い。
 昭和天皇の「A級戦犯が合祀されているから参拝しない」というメモが発見されたこともあって、靖国神社に対する逆風が強まっている。祖国を守るために尊い命を落とした人々を政争などに関わりなく、自然に祭ることが遺族だけでなく広く国民の願いである。戦没者の霊も、事の成り行きを心配して見守っているだろう。
(靖国神社に関して歴史の議論が深まることを願って。読者に感謝。)

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2006年8月16日 (水)

亡き妻と亡き母の墓に参る

 かつての人生の同志は亀泉の霊園に静かに眠る。墓石には十字架と洗礼名マリア・アンナの文字が刻られている。26年の歳月が流れていた。花をたむけ、線香を立てる。立ち登る煙の陰に在りし日の出来ごとが目に浮かぶ。日赤の病床で、看護婦に「有り難うございました」といって静かに息を引き取った様が昨日のようだ。あれから四半世紀、後ろを振り向かず走り続けた私を天国からどのように見ていたか。世の中は大きく変わった。私はあと20年命の火をたぎらせるつもり。唯一の頼みと言って私の手を握ってかすかな声で口にしたことは一人娘のことだった。やっと結婚して幸せだと報告した。短いが内容のある人生だったと思う。この人の兄が、「限りなく熱き墓なり妹よ」と詠んだ。
 母は昨年あとわずかで満90歳という高齢で息を引き取った。「棺を蓋って事定まる」というが母の存在の意味が少しずつ鮮明に分かってきた気がする。昨年6〜7月ごろから体力と気力の衰えが目立つようになった。8月16日から16日間の南米訪問中、日本のことで気がかりといえば母のことであった。母も緊張していたのであろう。私の帰国を喜んでくれたが、間もなく入院し、1週間ほどで帰らぬ人となった。死の直前、急に、「紀雄ありがとう」と言った。最後の言葉であったがどういう意味なのか今でも時々考える。私の心の底には、この言葉の意味を簡単に受け止めたくない、という気持ちもあるのだ。
 無学な母で意識して子どもを教育するということはしなかった。生きることで精一杯だったというべきだろう。しかし、その生きる姿が大きな教えであったと今、振り返る。赤城の麓の開拓の掘っ立て小屋で、小さなランプの灯の下でかわるがわる声を上げて本を読んだ小学生の頃のことが忘れられない。
 今思えば、かつての日本は、貧しいが故の苦しさと共に、苦しいが故に楽しみや幸せが多くあったと思う。それと比べ、今日の社会は豊かさの故の苦しさと不幸が大きな陰を落としている。特に、物の豊かさの中で逞しい子どもを育てることは難しい。物の豊かさは、豊かさを生かせる人にとって貴重であるが、さもないと、物の豊かさに押しつぶされて心は貧しくなってしまう。
 欲望は欲望を生み、高度で難しい文明社会の波に押し流される人の何と多いことか。私の回りのモラルを失った人々を見ると、学校教育や家庭教育が無力であることを痛切に感じる。教育の目的は「生きる力」を養うことという原則をもう一度確認すべきである。母の生涯を振り返ってそういう思いを強くした。
(生きる力を養うという教育の目的が実現されることを願って。読者に感謝)

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2006年8月15日 (火)

終戦記念日。61年前は玉音放送の日

 昭和20814日、昭和天皇は、御前会議の席で、重臣たちを前に次のように言った。「私としてなすべきことがあれば何でもいとわない。国民に呼びかけることがよければ、私はいつでもマイクの前に立つ。」

 会議が終ったのは正午少し前であった。かくして日本は無条件降伏を受諾し、この日のうちに連合国に対して受諾の申し入れを行った。

 そして、翌15日正午、天皇は、自らマイクの前に立って国民に呼びかけたのである。いわゆる玉音放送である。当時の人々にとって天皇の声を聞くことは青天の霹靂(へきれき)であった。徹底抗戦を叫ぶ将兵にとって、この放送が行われたら万事休すである。放送を阻止しようとする一部将校は宮中深く侵入して録音盤の在りかを血眼で探し回った。反乱将校が機関銃をガチャガチャさせる音は天皇の耳にも届いたといわれる。

 15日は早朝から、ラジオで、重大な放送があると報じられていた。また、新聞の朝刊は大見出しで戦争終結を報じていた。そこで皇居二重橋前には朝から国民が次々とつめかけ、正午の玉音放送があってからは一段と多くの人波が押し寄せた。

 放送は、「朕、深く世界の大勢と帝国の現状とに鑑み、非常の措置をもって時局を収拾せんと欲し、ここに忠良なるなんじ臣民に告ぐ」という言葉で始まった。そして更に、「敵は、新たに残虐なる爆弾を使用し惨害の及ぶ所、真に測るべからざるに至る。しかもなお、交戦を継続すれば終に我が民族の滅亡を招来するのみならず、ひいて、人類の文明をも破却すべし」「今後、帝国の受くべき苦難は固より尋常にあらず、なんじ臣民の衷情(ちゅうじょう)も朕よくこれを知る。然れども、朕は、時運のおもむく所、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、以って萬世のために太平を開かんと欲す。」と続いた。

 皇居前の広場は、額を玉砂利につけてひれ伏す人、座して天を仰ぐ人、両手を上げて万歳を叫ぶ人、ただ声をあげて泣く人などで異常な興奮が渦巻いていた。

「天皇陛下、許してください。」と叫ぶ者がいたという。自分の努力が足りないためにこういう結果になったことを詫びているのだ。焼土と化した帝都の一角、興奮と狂乱の渦の中で、緑に包まれた皇居は未曾有の災難をじっと忍ぶように静かだった。

 皇居二重橋に集まった人々の心には、天皇に対する忠誠と尊敬の念だけでなく、遠い祖先から今まで日本人の心を支えてきた基盤が音を立てて崩れてゆく歴史的瞬間に際会し、その基盤の象徴たる天皇を慈しむという念がふつふつと沸き立っていたものと思われる。(今回の文は、大要を拙著「望郷の叫び」から引用した。)

 (815日の狂乱の意味が正しく理解されることを願って。読者に感謝)

 

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2006年8月14日 (月)

ポツダム宣言の受諾の日

 61年前・昭和20814日は、天皇の裁断により、無条件降伏を求めるポツダム宣言の受諾を決定した日である。この宣言は、アメリカ・イギリス・中国の三国の名で出され、日本の戦後処理の方針と軍隊の無条件降伏を勧告するものであった。戦後処理としては、(1)連合国の日本占領、(2)戦争犯罪人の処罰、(3)民主主義の復活強化、言論・宗教・思想の自由と基本的人権の尊重の確立などが定められていた。

 (1)の日本占領は、昭和27年で終了。前年調印されたサンフランシスコ平和条約が発効したからである。(2)については、いわゆる東京裁判が行われ、A級戦犯の処罰等がなされた。(3)に基づいて、日本国憲法が作られた。

 ポツダム宣言の受諾については、10日の「日記」でも簡単に触れたが、ここで改めて天皇が裁断を下した御前会議の様子を紹介したい。それは、戦後日本の原点が作られる重要な場面なのでこの時期に私たちはしっかりと頭に描く必要があるからである。

 鈴木首相が開会を宣し、反対の意見をお聞き取りの上ご聖断を仰ぎたいと述べた。反対論者の中でも阿南陸相は天皇にすがりつくように慟哭し切々と訴えた。それには国を憂える真情があふれ、それを見た天皇も白い手袋で何度か涙を拭いた。この後、少しの間、静寂が流れ、やがて、天皇が静かに口を開いた。「私はこれ以上戦争を続けることは無理と考える。将兵にとって武装解除や占領は耐え難いことでその心境はよく分かる。しかし自分はいかになろうとも万民の生命を救いたい。この上戦争を続けては、わが国はまったく焦土となり、万民にこれ以上苦悩を舐めさせることは私として忍び難い。和平の手段についても、先方のやり方に全幅の信頼を置き難いのは当然であるが、日本が全く無になるという結果に比べて、少しでも種子が残りさえすれば、また復興という光明も考えられる。この際、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、一致協力、将来の回復に立ち直りたいと思う。今日まで戦場にあって陣没しあるいは殉死した者、またその遺族を思うとき悲嘆にたえない。また、戦傷を負い戦災を被り、家業を失った者の生活を、私は深く心配する。この際私としてはなすべきことがあれば何でもいとわない。国民に呼びかけることがよければ、私はいつでもマイクの前に立つ。一般国民には今まで何も知らせずにいたのであるから、突然この決定を聞く場合、動揺も甚だしかろう。将兵は更に動揺が大きいだろう。この気持ちをなだめることは相当困難なことであろうが、どうか私の気持ちをよく理解し、陸海大臣は共に努力しよく治まるようにしてもらいたい。」

 これは、「侍従長の回想」の要点である。天皇の声は淀みなく響き、重臣たちは極度の緊張で身を強張らせ一語も聞きもらすまいと耳を傾けたという。感動の場面を伝えたいと思う。

(戦後の原点が生かせることを願って。読者に感謝)

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2006年8月13日 (日)

A級戦犯遺族の声を聞いた

 終戦記念日が近づいたが、マスコミは、連日靖国問題を大きく報じている。主な点は、小泉首相の参拝とA級合祀である。合祀とは二柱以上の神を一つの神社にあわせまつることである。

 テレビで報じていたのはA級戦犯として絞首刑となった広田弘毅の孫の声である。靖国神社の合祀に異議を述べていた。靖国問題は良く分からないという人が多い。この問題は戦犯の遺族だけでなく、私たちの問題でもあるので、靖国問題に近づくきっかけにすべきだと思う。

 広田弘毅は14人のA級戦犯中絞首刑となった7人中の1人である。他の6人と違う点は、唯一軍人ではない政治家であったこと。首相や外相を歴任した。

 孫の声の内容は次のようなもの。「広田家は合祀を認めていない。神祉が勝手にやったこと。靖国神社にまつられていると思っていない。軍人でも戦死者でもないので祭られる資格もない。取り消して欲しい。」

 A級として死刑になった人は東条英機を筆頭にした4人の陸軍大将、及び、陸軍中将1人、それに広田弘毅である。GHQ(連合国総司令部)は遺骨の採収を禁じたが、関係者は夜、密かに残骨を集めたという。

 靖国神社は、戊辰戦争(旧幕府軍との戦い)で戦死した官軍兵士を悼むことを目的に、明治2年に創建された。その後、日清、日露、日中戦などの戦没者が「神」として祭られた。戦前、神道は宗教という枠を超えた国民道徳であり靖国神社はその中心的施設で陸・海軍が管理した。戦後、国家と神社のつながりは禁じられ一宗教法人となった。現在の合祀者は250万。合祀の基準は、「戦没者および国事に殉じた人」。

合祀されない人として注目されるのは、西郷隆盛、乃木希典、東郷平八郎、沖縄戦の犠牲者など。

 首相や大臣などの参拝が毎年問題とされる理由の一つは憲法の政教分離の原則である。憲法は信教の自由を保障するため国が宗教に関わることを禁じている。(イスラム諸国、イスラエルなどは国と宗教が結びついているために悲劇が起きている)首相が参拝するのはこの「政教分離」に反するのではないかというもの。「私人としての参拝ならよい」、「参拝の方法を選べば公式でも可」、「いやそれも違憲だ」と議論されている。

 中国が強く反対する理由は、国のA級戦犯への対応である。中国は、日本の侵略は軍国主義者(それがA級)によるもので一般国民は犠牲者だ」との立場をとり大きく譲歩して国交正常化を進めたと考えている。だから首相がA級戦犯を参拝することは中国が正常化を決意した意志を逆なでするというもの。

 昭和天皇のメモが大問題となっている。そこに、A級が合祀されたから参拝しないとあったからである。

 「戦後は終った」という言葉があるが、まだ終っていないことを8月を迎える度に思う。

(真の平和の実現を願って。読者に感謝)

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2006年8月12日 (土)

畠山容疑者問題の広がり・ネグレクト

「犬畜生にも劣る」という言葉がある。最近の児童虐待や子殺しの事件を聞く度に思い出す。我が家のトコはいつものどを鳴らして昼間から気持ちよさそうに寝ている。すっかり家族の一員となっていて、のんびりしたその動きは家庭の平和のシンボルであり、人間界の煩わしい問題に神経をすり減らす私にとっては癒しの存在でもある。そんなトコも子を産んだとたん一変する。乳をやりお尻の穴までなめてやる愛情の細やかさには脱帽してしまうが、更に驚くことは、ナナが近づいたりすると、美猫で優しいと評判のトコは凄い形相で猛然と飛びかかっていく。その勢いにさすがの秋田犬もバックしてしまうのだ。

 自分の娘を橋から落として殺した畠山容疑者は、トコに劣る存在だ。児童虐待の事件が頻繁に報じられているが、同類が全国には非常に多くいるらしい。人間が変わってしまったのか、社会が悪いのか、恐らく両方ではないか。

 畠山容疑者のことで「ネグレクト」という言葉がマスコミで報じられている。ネグレクトとは、かまわずにおく、あるいは、おろそかにする、という意味だが、ここでは、児童虐待防止法で定める虐待の一つ「養育放棄」のこと。彩香さんは「いつもおなかをすかし、汚れた服を着た」状態におかれ、これは同法の虐待・ネグレクトに当たる疑いがある。同法は、学校職員等関係者は早期に発見し関係機関に通知する義務、通知を受けた機関等の児童を保護する義務等を定める。民生委員は、ネグレクトを見抜けなかった。適切に保護されていれば彩香さんは死なずにすんだかもしれない。また、綾香さんの死がなければ、豪憲君の死もあるいはなかったかも知れない。児童虐待が多い時代、地域の民生児童委員などの責任は重大だ。

 児童虐待の実態は深刻である。05年度、全国の児童相談所が対応したネグレクトも含めた児童虐待は34千件を超えた。この他に表に表れない数字は非常に多いのではないかと思われる。従って、児童虐待は特殊な例外とはいえない。これは、日本人の心に変化が起きている、つまり、日本人の心が崩れていく姿ではないか。何とかしなければならない。

 富士見村のあるお宅ではほほえましい光景を見た。小さな三人のお孫さんがおじいさんの回りを走り回っている。小さな男の子のいたずらをおじいさんは、「こらそんなことをしてはダメだよ」と叱った。男の子は小言に従っていたずらを止め、おじいさんの背中に登ったりしている。若いお母さんはニコニコ見ている。それはごく自然な美しい家族の姿に見えた。今、老人は孫のしつけに口を出さないというのが一般であるが、その結果はひ弱で社会のルールを守れない子どもを生み出している。

(健全な子育て環境の実現を願って。読者に感謝)

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2006年8月11日 (金)

61年前の今頃、歴史から学ぶことは何か

 昨日の「日記」では、二発の原爆投下(86日と9日)、ポツダム宣言の受諾(14日)、天皇の「玉音放送」(15日正午)などを書いた。

 天皇の声の衝撃は大きかった。それは、海外の多くの戦場にも届いた。骨の髄まで教え込まれていた「神国日本」、その「神」が自ら敗戦を認め国民に呼びかけることは多くの国民にとって信じ難いことであった。陸軍大臣阿南は腹を切って自決した。皇居前広場では多くの国民が皇居に向かって額ずいて泣いた。人々は心の芯を引き抜かれたように虚脱状態におちいった。しかし大多数の国民は戦争が終ったことを静かに喜んだに違いない。 本土決戦を避け、さしたる混乱もなく戦争を終結させることが出来たのは天皇の決断に負うところが大きい。

 やがて海外から多くの国民が引き揚げるようになり、昭和21年には新憲法が公布され、日本は全く新しい価値観の下で復興に向けた一歩を踏み出すが、この流れに逆行する動きが私の「望郷の叫び」で書いたシベリア抑留事件である。長崎に原爆が落とされた89日、ソ連は日ソ中立条約を破って火事場泥棒のように満州に侵入し暴虐の限りを尽くした上、およそ60万人の日本人をシベリアに強制連行した。これらの人々は、酷寒と飢えと過酷な労働と戦うという新たな大義なき「戦争」に巻き込まれていった。

 戦後日本の新しいスタートラインは新憲法である。終戦の翌年公布された日本国憲法はそれまでの明治憲法とは全く異なる価値の体系である。人間の尊重、つまり基本的人権の尊重を基本理念とし、それを貫くための国民主権主義や、平和主義(戦争の放棄)を柱としている。アメリカから押し付けられた憲法として政府与党が憲法を継子扱いしてきたことに、戦後の日本が原則のない国と批判されるようになった一因がある。

 憲法制定当時は、余りに理想的であるために、「押しつけ」ということがある程度説得力があったが、その後、世界の情勢は変化し、日本は更に大きく進歩し、理想と現実の距離は小さくなった。今では押しつけという批判は当たらない。基本的には現憲法を認めつつ、部分的に現実に沿わないところを改めるべきである。改正論で争点となっているのは9条である。

 今日、時代の大きな転換点に立って、これからの日本の方向を考える時、大切なことは過去60年の歩みをしっかりと振り返ることである。ところが、学校でもこれを十分に教えず、むしろ教えることを避けている傾向すらうかがえる。国際化時代において、自分の国がおかれている座標上の位置をしっかりと認識することは不可欠なことである。勇気をもって、踏み出そう。

(全ての人々が、61年前に思いをめぐらすことを願って。読者に感謝。)

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2006年8月10日 (木)

61年前の8月6日と9日の出来事

 今月7日の夜NHKは、硫黄島の激戦を生還者の証言で振り返っていた。地底に掘った縦横の穴は火山の熱で40度を越えた。5日間で陥れるとたかをくくっていた米軍を40日近くも釘付けにし7千人近い死者を出すという打撃を与えた。80歳を超える一人の生還者は、仲間の死体の下に隠れて敵に近づいて戦った様を「兵士は死んでもなお戦った」と表現していた。正に極限の戦いだった。硫黄島の戦いとその後に続く沖縄戦の凄絶さを経験した米軍は、恐らく本土決戦となった場合の甚大な損失を考えたに違いない。このことが原爆の投下を決意させた大きな要因であり、また、原爆投下が戦争の終結を早め、結果として多くの人命を救ったという理屈の根拠にも使われることになった。

 しかし、原爆のもたらした惨状は超科学が生んだものだけに想像上の地獄とは比較にならないむごたらしさだった。連合軍は、東京裁判で「人道に反する罪」で日本の将兵を裁いたが原爆投下こそ人道に反する罪ではないか。

 昭和20年の夏は、日本の運命を決定付ける炎の季節であった。710日、アメリカ・ニューメキシコの砂漠で原子爆弾の実験が成功。人類は遂に恐るべき怪物を科学の力で生み出してしまったのだ。実験成功の報は直ちにポツダムにいるトールマン大統領に届けられる。無条件降伏を求めるポツダム宣言が発せられたのは実験成功の10日後の726日であった。それには、拒否すれば「完全なる壊滅あるのみ」とあった。原爆を手にした自信があらわれている。政府は、「あくまで戦争遂行に邁進する」と発表。連合国はこれを日本が「拒否」したと受け止め悪魔の一撃を広島上空に振り下ろした。これが86日早朝の広島市に対する原爆投下であった。

 広島の惨状を突きつけられてもなお政府は態度を決めることが出来なかった。これに激怒するかのように89日ニ発目の原爆が長崎に落とされたのであった。それでもなお、政府の意見はまとまらず天皇の聖断を拝して結論とすることになった。「侍従長の回想」によれば、天皇は、「自分は涙をのんでポツダム宣言受諾に賛成する。自分一身のことや皇室のことなど心配しなくもよい」と発言。

 受諾文は、天皇の大権(国体)を変更しないことの諒解の下に宣言を受諾するというもの。連合国の回答は、このような条件を認めるものではなかったのでまた受諾をめぐり紛糾し収拾がつかなくなり再び天皇の聖断を仰ぐことになる。天皇は、戦争を続けることは無理だ、自分はどうなろうと万民の生命を助けたい、私としてなすべきことは何でもする、国民に呼びかけることがよければいつでもマイクの前に立つ、と決意を語った。かくして、814日「受諾」の申し入れを行い、翌15日正午、天皇はマイクの前に立って国民に呼びかける。これが「玉音放送」である。(続く)

(戦後の原点を見つめ、真の平和の実現を願って。読者に感謝)。

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2006年8月 9日 (水)

高齢者虐待問題の身近さと深さ

 東京都の特別養護老人ホーム・「さくら苑」における性的暴言が大きな問題となっている。被害者は90歳の認知症の女性。不審に思ってテープレコーダーを仕掛けた家族の怒りがよく分かる。

 報道によれば、収録されている2人の男性職員の声は次のようなもの。名前を呼んで性的な行為を求め、続いて、「絶対見たら訴えられる、へへへ」「いやー、やばいっすよ。盗聴されてたら終わりですよ。」また、オムツ交換中のにおいを「毒」、「サリン」などと話す声もあった。認知症の老女を「物」として扱っている。二人の職員は、それぞれ出勤停止7日間・5日間の処分を受けた。家族は、処分は軽すぎて再発防止にならないと施設の対応を批判している。

 今年4月に高齢者虐待防止法が施行された。都などは、「さくら苑」の行為をこの法律の虐待に当たると判断した。認知症や介護度の重い人が増える中、この事件は氷山の一角と指摘する声がある。

 群馬県でも、04年鬼石町の御嶽特養ホームで入所者を車椅子に縛りつける身体拘束が日常的に行われていたことがわかり大きな問題になった。問題の本質は高齢者の人権である。私は、「抑制廃止研究会」に関わっているが、なぜ抑制(拘束)が許されないか、また、なぜ虐待が禁止されるかの根底に「人間を大切にする」こと、つまり「人権の尊重」があることに関して、関係者の理解と意識が薄いことを痛感してきた。介護に関わる教育機関などで、介護と人権の関係を力を入れてきちんと教えるべきだと思う。

◆少子高齢化を支える未来ロボットの登場。

 今後、介護を支えるマンパワーの不足は更に深刻になるだろう。そこで注目されるのがロボット技術である。日本のロボット技術は世界の最先端にある。私は小学生の頃から手塚治虫の鉄腕アトムに親しんできたが、コンピューターの制御技術の発達によりアトムに寄せた少年時代の夢が現実になりつつある。

 そこで期待されるのが介護ロボットの登場である。東大とトヨタなどの企業がこの分野で共同研究に乗り出すという。今注目される産学連携の姿である。近い将来、「後片付け」、「ベッドメーキング」、「抱きかかえ介助」などを行う人型ロボットが開発される見通しだという。優しい声の美人ロボットに抱きかかえられたら、介護の現場の雰囲気が明るくなり、高齢者もドキドキで良い刺激になるかもしれない。

 しかし、いくらロボット技術が発達しても介護の主役は人であることを忘れてはならない。少子高齢化が進む中で最も求められるのは温かい心によって支えられる介護の質である。

(高齢者介護の質の向上を願って。読者に感謝)。

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2006年8月 8日 (火)

摂理、カルト、簡単に体を許すエリート女子大生

 最近新聞、テレビ、週刊誌などで、カルト集団「摂理」の驚くべき事実が報じられている。内容は、国内50の大学に信者が2千人、東大、京大、筑波大など有名大学の学生も多い、教祖による女性信者に対する性的暴行の被害者は100人を超す等々である。私のところに、「日記」で取り上げて考えを聞かせて欲しいとか、カルトとは何かといった要望や質問が寄せられた。日本人の宗教観や教育の抱える問題との関わりで考えてみたい。

 まずカルトとは、ラテン語で崇拝とか儀礼を意味するが、現在、過激な新興宗教団体を指す言葉として使われている。「オーム」などもこれに当たる。全米では2千以上あり、多くは、「救世主」を名乗る教祖を頂いた狂信的信者の閉鎖的集団である。記憶にある大事件としては、南米のガイアナの密林で起きた人民寺院事件がある。900人以上が毒を飲んで集団自殺したのだ。

 先ず教育の問題として私の考えを述べたい。「オーム」のときもエリートといわれる若者が多く参加していた。今回の「摂理」も有名大学を初めとするいわゆる大学のエリートが多く信者となっている。勧誘の巧妙さが言われるが、簡単に加入する学生の側にも問題があるのでなないか。教育改革が目標とする学力とは、「生きる力」である。それは、新しい未知の問題に突き当たった場合の解決能力でもある。「カルト」に出会ってその本質を見抜けない学生は、知識があって受験の技術は巧みであっても、真の学力である生きる力は身についていないというべきではないか。最近「お受験」という言葉をよく耳にするが、受験ママに飼育されたひ弱な若者像を想像してしまう。文科省も、地方の教育委員会を目先の有名大学合格などという矮小な問題に振り回されず腰を据えて、逞しい心をもった若者を育てなければならない。

 次に日本人の宗教観の問題がある。そもそも日本人には宗教観などないのではないかと思えるほど、日本人は宗教との関わり方が薄い。かつて生きることが命がけであった時代には人々の心の支えとなっていた仏教諸宗派も今日の社会ではほとんど冠婚葬祭の具となっている。

 そして、現代人の心は満たされない。人間は心の本性として神を求める。しかし、宗教に対する基本的な理解がないから偽ものを見抜けず、簡単にマインドコントロールを受けてしまうのだ。

 ハンガリー生れの数学者ピーター・フランクルさんは、日本と日本人が好きな理由として「日本人の宗教のなさ、宗教に対する緩やかな態度」をあげているが誉められていると、素直に受け取れない気がする。社会全体で宗教に関する理解を深めたいものだ。

(日本人の宗教観が育つことを願って。読者に感謝)

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2006年8月 7日 (月)

第60回群馬県教育書道展のこと(6日)

 市民文化会館で授賞式が行われた。出品者は2万人を越えた。呼名されて壇上に上る小学一年生は豆粒のように可愛い。その筆を握る姿を想像して思わず微笑む。私は来賓を代表して次のように挨拶した。

 「今日、指先の操作で簡単に字が書ける時代ですが、書を学ぶ意義は逆に大きくなっていると思います。国際化時代が進む中で、国際理解教育の必要性が叫ばれていますが、大切なことは、外国語だけでなく、日本の歴史や文化を身につけさせ日本人の心を養うことです。書道は日本の大切な伝統の文化であり、先程会長の話にあったように心で書くもの、そして、心を養う手段なのです。」書道協会会長の関口虚想さんは、挨拶の中で、黙書といって目を閉じて横の線を頭で書く作業を書塾の生徒にさせることを話しておられた。

◆多くの夏祭りを回る。(6日)

 この日も20か所近い祭りの会場を訪れた。子どもたちが元気で飛び回る姿を見ると明日への希望が湧く。また、高齢者と若い人たちがテントでにぎやかに語り合う光景は、まだまだ地域社会が健全であることの証のように思える。

 時々、挨拶を求められると、マイクを握って次のように話す。「いま、どの町も、治安や教育や福祉など多くの難問を抱えていますが解決のカギは、地域の連帯だと思います。それは、このような祭りから生まれるものです。」

 話しかける人の中に、時々、「日記」を読んでいますよとか県政報告はいいですねと言う人があると嬉しくなり暑さも忘れてしまう。よく聞かれるのは、来年の知事選はどうなるのですか、議会は候補を出せるのですか、ということ。そして、小寺知事は長すぎるという意見もいくつかの町で聞いた。

 小寺知事の特色のひとつは、大きな失政がないということである。そして根強い人気があるらしいが多選に対する批判が静かに深く広がっていることを肌で感じる。四つに組んだ知事選になるとすれば、多選(五選)の是非が大きな争点の一つになるだろう。今、群馬の空はどんよりと厚い雲がおおっているように感じられる。気分一新の上州の青空は、県民が新たな力を結集するために必要である。そのために何とか五選を阻止したい。

 この文章を書いている時に、朝刊が届けられ、一面は、長野知事選で田中氏が敗れたことを大きく報じている。長野と群馬を同列に考えることは出来ないが、似ている面もある。この結果は、来年の群馬の知事選に一定の影響を与えるだろう。来夏の異常気象は予測不可であるが、政治的には熱い夏になることは必至である。その前の県議選の動向も知事選と結びつく。その戦いは既に始まっている。

(祭りを通して健全な地域社会が生まれることを願って。読者に感謝)

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2006年8月 6日 (日)

東北の調査を振り返って

 視察の最後は秋田県庁だった。秋田県議会は群馬県議会を一回り小さくした感じだが職員の対応など雰囲気には好感が持てた。県議会のトイレの入り口に置かれた生け花はきりっと清楚で、画竜点睛のひとみのように静かな意志を現わしているように受け取れた。

 行政改革についての各種の取り組みは勉強になった。私が注目したことの一つは、「地方独立行政法人」の取り組みである。先日の「日記」で、岩手県立大学が平成17年に独立行政法人になったことに触れたが、秋田県ではこの法人化に関してより真剣に取り組んでいる印象を受けた。それは、平成18年に秋田県立大学が法人化したばかりでなく、県立病院の法人化をも目指していることに現れている。

 私は、この問題についてまだ勉強不足だが、独立法人になった場合、法人の自主性と自己責任が高まるので、大学については、大学の自治を尊重する点からも法人化に意義があるが県立病院が法人化した場合、県議会のチェックなどはやりづらくなるのではないかという疑念が湧いた。質問すると事務局の担当者は、そういう事もあるかも知れないが、経営責任が明確になる点にメリットがあると答えていた。

 群馬県の県立病院は、およそ8千万円の未収金と膨大な赤字を抱えている。病院関係者は、病院の経営と医療の質は別だととらえる傾向があるようだが、私は両者は不可分の関係にあると思う。いずれにしても独立行政法人の問題は、今後、研究したいと思う。

 行政改革の中の重要な柱である指定管理者制度(公の施設を民間等に委託する制度)についても質問したが、こちらは群馬の方が先行しているようであった。(群馬では53団体中、17団体の管理運営が民間に委託された。サービスの向上とコストの大幅な削減が期待されている)

 行政改革の流れの中で、民間に任せられるものは民間にという考えがある。外部委託だ。公共上の必要から確実に実施しなければならない事業ということで民間にゆだねることは適当でないが、県などの自治体が直接実施する必要はないものを、効率的効果的に行わせることを目的に設立する法人が地方独立行政法人である。

 各県の取り組みと工夫を知ることは大いに参考になる。調査で訪問したところは、今後はインターネットによる情報の交換がやり易くなる。私はこれまでも、電話とインターネットで情報を集めてきたが、面識が出来ると生きた情報を得られる道が開ける。又、「百聞は一見にしかず」で、直接調査する意義は大きい。

(今後も実りある県外調査が発展することを願って。読者に感謝)

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2006年8月 5日 (土)

東北からのレポート・その4

 今回の調査は青森、岩手、秋田という広い地域をバスで移動するので東北各地の状況を目で見ながら思いを巡らす良い機会であった。そのためにガイドの説明が役に立った。若くて美しいガイドはよく勉強していて地域の歴史や産業、合併に至るまでよどみなく語る。豊かな自然とのどかな農村の姿は心を和ませるが、これが瞬時に変化して消滅する恐怖をふと想像してしまう。

 宿舎で見る地方紙は豪憲君綾香ちゃん殺しのことを報じていた。4月から7月にかけて東北では二つのショッキングな事件が起きた。一つは3日の「日記」で書いた母娘殺害事件、もう一つがこの児童連続殺害事件である。人の心の変化はこの東北の地にも及んでいるのかと思ってしまう。

 事件が起きた藤里町は秋田市の北方の県境にある。地元紙は捜査本部が1日の日没後、彩香ちゃんを落としたとされる大沢橋などで現場検証したと報じた。ガイドは秋田美人の要件をしきりに語っていたが、心がきれいでなければ本当の美人ではないだろう。畠山鈴香容疑者の存在は謎だ。

 豪憲君の父親は警察の捜査に納得がいかず遺体発見現場近辺の家54軒を訪ねて警察の対応を調べたという。警察が綾香ちゃんの死を早く事件として扱っていれば息子は死ななくてよかったと信じているのだ。54軒のうち、4軒に警察は聞き込みに来たが、それも綾香ちゃん殺害の供述があった後のことだと言う。地域のうわさでは、警察が故意に何かを隠そうとしているという。それは、警察官と畠山容疑者の間に不適切な男女の関係があったというもの。東北の静かな地域を揺るがすホットな事件は当分解決しそうにないと感じた。

 ◆「松くい虫被害が秋田を北上し青森県に迫る」

 自然にも大きな変化が生じている。地元紙が大きく報じるところによれば、松くい虫の被害が北上し青森県境まで250mに迫ったという。新たに被害が発見された地域は、凶悪事件が起きた藤里町の北西の八峰町にある。これまでの被害の北限が4キロ北上したという。被害にあったクロマツ一本を確認したのでその周辺1キロ四方の松を全て伐採し被害拡大と北上阻止を図る方針。青森県も防除帯を設置するなど緊急対策に乗り出すことになった。

 前橋市北部でも年々被害が北上している。松くい虫が生きられる気温が上がっていることと、薬に対する抵抗力が強まっていることが原因らしい。秋田県に来て杉の美林に目を奪われていたが、松の被害がじわじわと広がっていることを知って驚いた。秋田県で食い止めなければ日本列島の松は、本州の最北端まで被害に遭うことになるだろう。改めて地球温暖化の恐怖を感じた。

(東北の自然が守られること願って。読者に感謝)

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2006年8月 4日 (金)

東北からのレポート・その3

 私たちの委員会は決算・行財政改革特別委員会であるから今回の調査は、各地の行政・財政の改革を調べることが目的である。行政も財政も時代の大きな変化に対応しながら住民に対するサービスの向上につとめねばならないのだ。

 時代の変化に対応するための改革が合併であり、また、県から市町村への権限委譲である。大学の法人化もまたその一環といえる。今、日本全体が行き詰っているが、それを打開するために各地が創意と工夫を凝らして改革に取り組んでいる。その姿を学ぶことは本県の改革にとって大いに参考になる。これが調査の目的に他ならない。

 岩泉町の改革は、一括移譲といって管内の国道、主要地方道、一般県道の維持管理につき、権限、財源、人をセットにして町に移譲するもの。雪国だから道路の除雪、道路の修繕などにつき、住民と密着する「町」が権限を持つことによって、迅速にそして的確な判断に基づいて実行できるというメリットがある。「道路行政はまちづくりの一環です。高齢者や子どもの安全とも結びついています。道路につき権限の移譲を受けたことをまちづくりにどう役立てていますか。」と私は質問した。これは、これからの課題との事だった。

 盛岡から岩泉町までバスで2時間半、峠を越えてこの岩泉に近づくにつれ小さな集落が点在するが、ほとんど人の姿を見かけないことは驚きであった。

 県立岩手大学の独立行政法人化。国立大学は全て独立行政法人となったが、県立大学も任意に法人化することが可能となった。独立の法人となることにより大学は自己責任をもって自主的に大学の改革に取り組むことになる。県立岩手大学は平成17年度に法人化した。少子化による生徒数の減少、産学の連携、交付金の減少等々大学を囲む環境は極めて厳しい、社会に貢献しつつ建学の精神を発展させねばならない。大学人は象牙の塔にこもっている時代ではない。この視察で感じ取ったことを群馬の県立大学の改革に役立てたいと思った。

 いつもの県外調査と違う点は、執行部の役人が2人参加したが、宿舎も食事も別行動であったこと。オンブズマンに訴えられて懇親会に参加することを問題にされたことの影響であろう。一緒に夕食をしながら昼間の調査につき親しく語り合うことは大変意義のあることだ。執行部の態度は、県費を有効に使っていないとすらいえる。堂々と胸をはって信ずる道を歩むことが改革の時代の公務員の姿だと思う。

(県外調査の結果が県政に生かせることを願って。読者に感謝)

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2006年8月 3日 (木)

東北からの報告・その2

 2日、朝6時、ビジネスホテルの窓の下は校庭で、少年がサッカーのボールをけっている。今日もハードなスケジュールである。調査は、岩泉町役場では「一括移譲」について、岩手県立大学では、大学の「独立行政法人化」について行われる。

 「一括移譲」とは、県土木事務所の道路管理事務の権限を町に移す際、財源を移すだけでなく職員の派遣も一括して行うことらしい。また、大学の「法人化」は、大学が自主性を発揮し自己責任で大学を運営することを目指すが、大学の役割とは何かということに注目しようと思う。これらの事に関しては、調査後に報告する予定である。

 青森市の「中核市」に関連して触れておきたいことがある。それは、前橋市と高崎市も合併によって人口30万人を超え、中核市への移行を準備していることである。ちなみに、中核市となっている市を挙げると、東北では秋田市、郡山市、いわき市、そして青森市が今年101日に、これに加わる、また、関東では、宇都宮市、川越市、船橋市、横須賀市、相模原市である。

 更に青森につき学んだことをいくつか紹介する。青森市は市では唯一特別豪雪市なのだという。114cmの積雪があり除雪道路は総延長千百キロを超え毎年2030億円の除雪費がかかる。また青森は古くから北東北の交通の要衝であったが新幹線が盛岡まででストップしたため、大きな企業も盛岡に移ってしまった。悲願の新幹線が実現する日が近くなり、説明する職員から熱い思いが伝わってくるようであった。

 青森市から岩手に向かう道路は深い山あいを走っている。時々見える山あいの村落は、いかにものどかで日本の「昔」を感じさせる。その時、はっと思い当たることがあった。それは青森と岩手の県境で起きた母娘殺害事件のことである。容疑者は青森県八戸市の29歳の男で、犯行現場は、この男の自宅から20キロ程の岩手県洋野町の山あいにある。連日のようにマスコミを騒がせている事件だ。気になって、ホテルで地図を借りて位置関係を調べて見た。洋野町は旧種市町で太平洋岸に位置し、国道45が走る。この国道から被害者の家につながる道路上に、北東北の沿岸部では唯一のソープランドがあってソープのない青森県の男がやってくるという。ホテルの人は、ソープの存在が事件と関係があるのではと言いたげな顔つきであった。死体遺棄現場もソープランドの路地の先にあるのだという。歴史と文化、そして豊かな自然の岩手になぜソープランドが認められているのか興味あることだ。そして、こんな静かな東北の地にも凶悪事件の波が寄せているかと思うと、淋しくなる。

(東北の静かな文化が守られることを願って。読者に感謝)

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2006年8月 2日 (水)

東北からの報告、中核市の意味(1日)

 決算・行財政改革特別委員会の県外調査が1日~3日まで行われる。第一日目は青森市役所である。先日地域を回っていて青森市へ調査に行くといったら「ちょうどねぶた祭りで楽しみですね」といわれた。議員の視察は厳しい目で見られている。昨年は県議会の海外視察がテレビで面白おかしく報じられたことがあった。日曜日で視察先が休日なのを利用して遺跡を見た様子をあたかも全行程が観光であるかの如く大げさに報じられたのだ。私は議長として抗議の記者会見をした。しかし、いったん報じられたテレビの影響は凄まじく、多くの批判の声が議会に届き、中には「死んでください」というものもあった。一度失われた信頼を回復することは難しいことだと思う。今、盛岡市の「ホテルパークシティ盛岡」の一室でこの原稿を書いている。(PM10時)ホテルで「日記」を書いていると、昨年南米各国を訪ね、16日間毎日欠かすことなく原稿を書き送ったことが昨日のように思い出される。

 羽田空港を1225分に飛び立った日本航空機は1時間15分のフライトで青森空港に着いた。「あちらの山並が八甲田山でございます。その名の由来は八つの甲(かぶと)の形をした山の間に田があることだそうです。」ガイドの説明を聞きながら30分ほどで青森市役所に着いた。

 調査の目的は中核市に関することである。私は期待以上のことをここで学ぶことが出来たと思う。主な点を紹介したい。中核市とは人口30万人以上の都市が、定められた用件を満たし一定の手続きを経て実現する。中核市が通常の市と異なる点は、より多くの権限を有することである。つまり、県から権限の移譲を受けて市自らの自主的判断に基づいてその市の特性に応じた行政を行うことが出来る。従って、これは地方自治をより効果的に推進する都市制度である。

 青森市は県から、2,200件の事務権限の移譲を受けた。これによって市民に対するサービスがいかに向上するかを見ると、例えば児童福祉施設や老人福祉施設の設置、精神障害者に対する支援、身体障害者手帳の交付、母子家庭に対する支援などに関して、申請は市が受けるが認可や認定は県の権限というように分かれていたのが中核市になると、全て市の権限になる。市はこれらにつき、実情に基づいたより適切な政策を実現できるのだ。私は質問した。「せっかく移譲された権限を活かすのは市の職員ですがその養成はどのようのしていますか。また、ノウハウと経験を持つ県職員の指導やアドバイスが必要だと思いますが、その点はどのように工夫していますか。」いずれも着々と進められているとのことであった。

 私が驚いたことは、地域の活性化のためには、自主的な多くの権限を持つ中核市にならなければということで合併を進めたという点である。人口29万人の旧青森市と人口2万人の旧浪岡市は中核市を目指して合併したのだ。合併の意味が良く分からずに合併するところが多いがこのような合併もあったのだ。

 夕闇迫る東北道をバスで2時間半も走り、盛岡市の宿舎・ビジネスホテルに着いたのは午後7時近くであった。

(実りある中核都市を目指して。読者に感謝)

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2006年8月 1日 (火)

飲酒運転の恐怖、危険運転の罪

 ある会社の協力会の納涼祭に出たら、テーブル上各人の前に紙片が置いてあり、それには「飲んだら絶対に運転しないで下さい。いっしょに飲んだ者も責任を問われます」と書かれていた。私は挨拶の中で、「危険運転致死罪といって懲役20年というのがあります。恐いことです。気を付けましょう」と話した。

 驚くような交通の大事件が起きてもすぐに記憶が薄れていく。次々とより重大な事件が起きるからだ。そこで、最近の危険運転に関する重大事件を取り上げ、記憶にとどめるための一助にしたい。

 まず危険運転致死傷罪とは何か。アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で四輪以上の自動車を走らせ人を負傷させた者は15年以下の懲役、死亡させた者は1年以上の懲役に処すというもの。1年以上とあるが、最高は20年である。平成1312月から施行された。

平成17年に重大な危険運転致死事件の判決が二つあった。一つは、宮城県内のもの。アルコールでハンドル操作が困難な状態で赤信号で交差点に進入、学校行事中の高校生の列に衝突し、3名死亡し、4人が重傷20人が軽傷を負った。懲役20年の判決が下された。もう一つは、神奈川県内で起きた。制御困難な高速で運転、カーブが曲がりきれず歩道の高校生の列に衝突、2名死亡し、7人が重軽傷を負った。懲役16年の判決であった。

 県内の事件は、平成17年に4件、18年は5月までに3件の判決があった。平成17年高崎市田町のケースは、赤信号を無視して侵入し衝突、2名を死亡させ懲役6年の判決、平成18年には、前橋市南町で33歳の女が、やはり赤信号を殊更無視して進入2名に軽傷を負わせ懲役2年執行猶予5年の判決を受けた。

 これらのケースを私たちは教訓として、また警告として受け止めねばならない。車の運転は余りに日常的であるため私たちは危険感覚を麻痺させている。この際車の運転は大きな危険が伴う行為だということを自覚しなければならない。

 最近、19歳の娘を失った両親が、刑事事件としては判決が確定(懲役7年)したがなお耐えられずに損害賠償を求めた事件があった。「さちえは、この家では死んだことになっていないんです」とテレビで語る母親の姿は哀れであった。

 裁判所は、会社ばかりでなく一緒に酒を飲んだ同僚にも高額な賠償責任を認めた。はしごまでして飲んだケースだった。どういう結果になるか分かる筈でありながら止めなかった同僚は幇助に当るというもの。納涼祭の紙片の警告はこれを指していた。司会者は、この中の誰かが事故を起こせばここにいる人は皆同罪ですと叫んでいた。

(交通事故の死者が少なくなることを願って。読者に感謝。) 

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